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#36 2020年の恋人たち|島本 理生

「手に入れない方が傷つかずに自由でいられる」
この言葉に尽きる
せっかく手に入れたと思ったものが手から離れていくときの感情は、まさに「浸水」
期待していたものが体から抜け落ちて、代わりに絶望、裏切り、負の感情が一気に体を満たす

人に触れる
そのことで背負うこと、失うことがあるということ
幸福感さえも負ってしまうもの
出会い 別れ
その度に自分にかえってきて、どうしてまた同じ苦しみを味わうために同じことを続けているのか、と問う
またあの苦しみを味わうくらいくらいなら手に入れない方がいい
痛感したはずなのに、また繰り返す
同じことを何回やって傷ついても、また同じことを繰り返す
どうしたらこの無限の苦しみから抜け出すことができるのか

その答えは「私」を手放さないということ
「私」を捕まえたままだったら、同じ苦しみを味わったとしても、「私」が「私」でいることができているのなら、それでいい
他の誰でもなく、「私」でいる
たぶん、しばらく、もしかしたら一生、同じことを繰り返すかもしれない
でも、「私」であり続けることができたら、それで、いい
それくらいなら、なんとかできそうな気がする

死んだ母のことを感じながら開店作業ができた葵は、死んだ人を悲しみながら、ただ思い出を反芻するだけよりもしかして幸せなことかもしれない
その人が好きだったこと、好きだったものなど、遺したものをひとつひとつ、一緒に作業をして形にしていくことは、死んだ人が同じ場所にいることと同じこと

言葉 言動 雰囲気
その人が何気なくしたこと
何かひっかかることは、じわじわと効いてくる
そして違和感となって最後にのしかかる
気づかないふりをすることもある

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