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監察医朝顔 あの出来事を忘れたい人もいる

監察医朝顔は、前回も見ていた。

その時も、私はある人を思い出しながら見ていた。

私の友人に、あの震災のときに警察官だった人がいる。

自分も、被災しているなか、毎日どれだけ大変な思いをしていたか、どれだけ傷を負ったか、想像しただけでつらく、わたしはそのことを友人に聞けないでいる。

その人は、震災を連想させるものを見るだけでつらそうだった。

殺人事件も扱うような部署にいたその人は、死体なんて見飽きていたはずなのに。

わたしはその人とずっとこれからも友人でいたいし、その人のことをもっと知りたいけれど、その部分だけは触れてはいけないような気がして言葉にしたことがない。もしかしたら、私がただそれを受け止める覚悟がないだけかもしれないけど。

その人とある映画を見に行った。二人とも好きなシリーズの映画。だけど、その中で、水の中で主人公が溺れるシーンがあった。私は隣を見れなかった。誘ってごめん、って思った。そして、被災するって、こういうことなんだなって思った。日常に、フラッシュバックする機会なんていくらでもあって、その中で生きてかなきゃいけない。これからずっと、こういう風に生きてかなきゃいけない。

その人の家にはテレビがない。それは、そういう意味なのかなと思った。

あの震災のことは忘れちゃいけない。でも、もう忘れたい人もいるんじゃないだろうか。もう忘れさせてあげなきゃいけないんじゃないだろうか。

震災関連のテレビを見ると、そんなことを考えて胸が苦しくなる。

久しぶりにその人と話がしたくなった。元気かな。連絡してみよう。

いつか、

聞かせて欲しい

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