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二〇二〇春のフォトブック(藤田千鶴)/公園へ(飯田和馬)

二〇二〇春のフォトブック

2020年6月3日


 きのう、フォトブックが届いた。この春に撮っていた花の写真を一冊にまとめたものだ。14cm角、24ページのほんのちいさなフォトブック。写真は21枚。
 3月、新型コロナウィルスの流行はすでに始まっていたけれど、京都市内に勤務し、1時間をかけて通勤する日々にあっても、実感はまだなかった。3月の歌会や講演会はつぎつぎに中止になった。でもまだまだ意識は低かった。14日には大阪在住の息子がやってきていっしょに焼肉屋へ行き、翌15日は滋賀県の観音正寺、長命寺へ西国三十三か所巡りにも行っている。16日は3月で退職する同僚のミニ送別会がジンギスカン料理店で催された。
 第3週になると、毎日の報道に危機感が増してくる。大阪での友人との食事会は、自宅から車で行ける店に変更し、徒歩圏内の鴻巣山へ別の友人と行く予定は中止にした。そして、31日に予定されていた職場全体での歓送迎会も前日に中止の連絡がきたのだった。
 4月1日に父が体調不良により緊急入院し、3日に勝手に病院から帰ってくるという事件があった。コロナの影響で母が見舞いに行けず不安になったらしい。高齢者にとっては家族と会えないことは心身ともに強く影響がでてしまう。あわてて4日に様子を見に行ったが、父に反省の色はなく、「寂しかったから」という。実家までは高速道路を走って一時間ほどの距離だが、往復の道中、ほとんど一般車が走っていないことにも驚いた。みんなちゃんと守っている。家にいる。罪悪感が湧いてくる。
 フォトブックはそんな日々から始まっている。八重のチューリップが一枚目にある。日付は4月4日。実家から帰宅して撮ったものだ。世の中がどんなふうになっていても花は咲く。季節どおりの順番で。私はそのまま鴻巣山へ散歩にでかけた。水度神社の石段を登ると桜が満開だった。ひとりで静かに山を登る。やはり散歩に来ている人も少しはいたけれど、みんな静かに歩いていた。桜見台からの谷を埋めるような桜と濃いピンクのコバノミツバツツジはことのほか美しく、息をのんだ。画面には収めきれないけれど、何枚も写真を撮った。
 4月7日に緊急事態宣言がでて、その日、職場に防護服を着た人が消毒に来た。同じフロアの会社に席を置いていた人が感染したという。一気に緊張が走った。共有スペースは立ち入り禁止となり、ドアノブも手で触れないように心がける。それまでも電車内のつり革や手すりを持たず、手袋とマスクをして通勤していたが、それでも毎日の職場への往復は怖かった。そんな日々、次々に咲く花に私は励まされ、写真を撮った。公園の赤いナガミヒナゲシ、庭のコデマリ、雨あがりのハゴロモジャスミンの蕾。世の中が眠りについたかのような、大きなものに騙されているような日々のなか、植物の伸びようとする芽、さみどりの蔓、小さな葉、蕾、花だけが、少しずつ季節が進んでいることを教えてくれた。強風に倒れたスノーフレークは日の光に起き上がり、スズランはやわらかい葉の影に蕾をつけた。先が見えないままゴールデンウィークを過ごし、職場ではテレワークが導入され、通勤電車も乗客がかなり減っていった。そのあいだにもハゴロモジャスミンが満開になり甘い香りが家じゅうを包んだ。二階の窓からは、枝を伸ばしたハナミズキがいままででいちばん多くの花をつけているのが見えた。私が撮った花の写真はそのとき私が縋っていたものにほかならない。
 そして私は夏のための種を撒いた。綿とアサガオをいつもより多く。友人にも種を送った。5月21日。京都で緊急事態宣言が解除となった。綿もアサガオも伸びてきている。


プロフィール
藤田千鶴(ふじた・ちづる)
ブログ(ほよほよさんぽみちNEW)は、開設から16年。塔短歌会所属。歌集『貿易風(トレードウィンド)』(2007)・『白へ』(2013)。2019年からチェコ親善アンバサダー。
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この春は寝る前にラジオを聴きながらパッチワークをするのが日課になっています。ずっとやっていなかったのに、布や糸に触れて、作品が形になっていくのを見ていると、ちゃんと時間は流れているって思います。それから、最近はZoomで歌会や読書会、飲み会、チェコ関係の会合、チェコのアニメ映画を見る会などに参加。画面のむこうに人が生きて暮らしていることを確認するとほっとします。緊急事態宣言は解除されたけれど、ゆっくりと戻すところは戻し、変えるところは変えながら暮らしていきたいです。自由にどこへでもいけるようになったら、一番に大阪天満橋の中欧料理店「beisl」でお祝いがしたい。


公園へ

2020年5月31日


コロナ禍を四歳の娘も理解する。プリキュアのビョーゲンズに譬えて


公園へ娘を連れて。白眼視する人もきっといるだろうけど


行く道も遊びに遊び。たんぽぽの綿毛見つけて吹いては吹いて


これはなに?カラスノエンドウ 翳りなき午後の日差しに緑は冴える


めいちゃんがいる!と喜ぶ。保育園の会えない友に会えたりもする


親はマスク。子はマスクなし。価値観の似ている家庭の友達同士


めいちゃんが泣いて娘もべそをかく。シャボン玉もってくりゃよかったな


要らん事お前らするなという趣旨をアナウンスする県広報車


もう四時やもう帰ろうか。妻からも退勤したと連絡がくる


川重の工場の人が五時過ぎにぞくぞく帰るのにあこがれていた


あこがれを越えたところの生活は正直もちろん悪くないです


「早く収束して」と他人とは言ったりするが。一応言うが


カラオケ屋のおじさん饅頭屋のおじさんにあんたのとこはええなと言われる


ええこともないのだけれどこれからも公園に行くことはさせてよ


プロフィール
飯田和馬(いいだ・かずま)
1976年、神戸市生まれ。神戸育ち。神戸在住。
花屋を経営しているが経営センスはなく短歌にうつつを抜かし店は傾いている。
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花屋です。「お花屋さんは仕事がなくて大変」という報道も一部ありました。
私は幸い該当しませんが店舗や施設の活け込みや冠婚葬祭に力をいれておられたようなところは特に厳しいでしょうし、何より生産者である農家のかたは本当に苦労されていると思います。
これから暑くなり生花は日持ちしなくなりますから一度にたくさんご購入されることはあまりおすすめしませんが、毎週一輪でもおうちに花を飾っていただきますとほんとに楽しい気もちになれますのでよかったらお願いします。


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