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32 éclair avec calme

私は夫を知らない。
どういう過去を持ち、どういうことを考え、何が好きなのか、何も知らないで結婚した。

横並びのお店で共に働いていたので、顔は知っていたが、外ですれ違っても気付かないくらいの間柄。知らない人だった。

私にとって彼は、何を考えているのかわからない気持ち悪さがある人だった。


私にはそもそも好きという感情がわからない。
誰かだけが特別、という感覚もわからない。
誰かだけを救いたい気持ちもない。

とにかく自分に関係のある人たちはすごく平熱な感じで大好きだし、助けが必要な人は全員助けたいし、夫だけが何か特別秀でてるという事はない。
間違いなく極平熱だ。

しかし誤解をしないでほしいのだけど、夫がどうでもいいとか、夫に対して無関心ということはない。テレビの中の誰かに夫では不足している何かを補ってもらう、みたいなことも特にない。
信頼と実績がある、というほど長い時間一緒にいたわけでもない。むしろ短すぎる。
実に不思議だ。

私の人生に、ススススーっと現れて何事もなかったかのように平然と私の心のうちに棲み始めた。

ある夜中、相談事というか愚痴を電話で聞いてもらった。初めて数時間話して、電話を切ったら何故か眠れなかった。
ときめいたからとか、恋焦がれちゃってとか、そんな美しいものではなく、これは心臓発作の前駆か?みたいな病状を見つめる感じだった。
それでほとほと困って、自分の人生に降伏したのだった。
全く一瞬の出来事だった。

付き合いだして数日で結婚することが決まった。
ギャンブルをしたつもりはない。自分に相応しい人だから目の前に現れ、光の速さで私に結婚を申し込むのだろうと思ってた。

彼がどういう人でどういうことを考えている人なのかその片鱗が見えたのはその後のことだ。

私とは全然違うのに私とよく似た人だった。

去年の日食の日に出会い、月食の日に付き合い始めた。
ちょうど1年前のことです。



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