2022.7.11(月) 遙かなる子規への憧れ  「『非空非実』の文学」を読む


坪内稔典による子規写生の認識

評論「『非空非実』の文学」(坪内稔典『過渡の詩』)では、子規の「薪を割るいもうと一人冬籠」を引き合いに出し、写生という子規固有の「実際の有のまゝを写す」という方法よりも、むしろ子規の作品の多くは実際は有のままだけを写してとるというものではない。という主張からはじまる。

これまで高浜虚子をはじめとする「薪を割る」の句の鑑賞は脊椎カリエスで動けなかった子規のために薪を割る健気ないもうとを詠んだものという、子規の人生に則した読み方がされていた。

しかし、この俳句が作られた頃の子規は体調に波があり、調子がよければ旅行にも出かけていることから、脊椎カリエスで体が不自由だったという子規の境遇に合わせて「薪を割る」の句を読むことよりも、病という現実を避け、子規周辺の風流韻事に興じたことを詠んだ俳句として読むことの方が適切でないかと指摘する。

子規が生きた明治

この頃の子規は自分が編集主任として全力投球していた新聞「小日本」の廃刊の憂き目に会い「煩悶の極」の状態だったと坪内さんは指摘する。

その「煩悶の極」のなかで子規は子どもの頃から親しんだ草花に「生の根拠」を見出す。

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