伝説のボクサー

彼は伝説のボクサー

今だかつて負けたことはなかった

特にその動体視力は優れ

相手のパンチが止まっているように見えた


しかし何の因果か

何の忌まわしき呪いか

ある時から

不思議な現象が


動いているものが

止まっているように見えた彼の目は

今度は止まっているものが

動いているように見えて


それは恐ろしいことだろう

いきなりコーヒーカップやら皿やらが

ひとりでに動き出すのだから

誰でも恐ろしいに決まっている


かくして彼の精神は

崩壊への道を辿った

もしも何事もなければ

世界チャンピオンになっていたかも


今はしがない日雇い労働者

今日一日の食事にありつくのがやっと


裏通りを歩いてゆく彼

その時、何かに怯え急に逃げ出した


何てことはない

誰かが捨てた新聞紙が

風に吹かれて

飛んで来ただけなのに。

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