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太宰治『グッド・バイ』

もし、図書館の本が肉だったとする。借りるとき、体から引き裂かれる本。私は、それを窓際の席に持って行ったり、肉を開いて文字を追ったり、窓口か自動受付機にて借りる為の手続きをしたりする。「期限守ってくださいね」となぜか言われる。平べったいところに置くとセンサーで受付を完了してくれる。私は、肉をぶらさげ出口という口をすりぬける。
牛や豚とか動物性の肉じゃないから、そんな腐りにくい肉を持って遠出できる。私は、その本を持って旅をする。
グッド・バイ。
太宰治の未完の小説。
さよう・なら。
奈良に行きたい。でも遠いから行けないから、山手線ぐるぐる。
どこかの公園で、グッド・バイを読む。なんか主人公田島がキザだ。闇商売から抜け出すために、美人な女を探さなければならなかった。(過去の女と上手に別れるために)
それで、キヌ子という女に出会うのだが……
「怪力」の章のキヌ子とのやりとりがおもしろい。田島がキヌ子に抱きつこうとして頬を殴られ、キヌ子の怪力を思い出したときはもう遅くて、家を出たとこの階段を踏み外して落ちるとことか。

「ゆるしてくれえ。どろぼう!」
 とわけのわからぬ事を叫んで、はだしで廊下に飛び出した。
 キヌ子は落ちついて、ドアをしめる。
 しばらくして、ドアの外で、
「あのう、僕の靴を、すまないけど。……それから、ひものようなものがありましたら、お願いします。眼鏡のツルがこわれましたから。」

ふふ、と笑ってしまう。こんなロケ地があったら、三鷹の陸橋より(今はないのか)玉川上水より行ってみたいぜ、と思いながら何の関係もない山手線駅の公園で読んでいる。主人公田島はそんなダメダメな感じで、キヌ子に電話をしてもおしっこしたいからと切られ、町を歩き、あげくの果てに未完。

なんて、おもしろい終わり方なのだろう!!

キヌ子のおかげで、青木さんというご令嬢と別れられ、ケイ子という女とも別れられそうだった。いざこざからわが身を守るための「怪力」キヌ子のかげにかくれよう、と企てていた。でも、かなわなかった。
残ったのは、空白、というエンディングだったのだ。

やるせない空白を閉じた私は、その公園のジャングルジムを登り、肉(本)を鳥葬しようとしたが、「あっ、これは借り物だった」と隣にいた見知らぬ子どもに叫んでびっくりされて泣かれた。鞄にしまい、公園を後にする。
借り物の肉を期限内に読めたことに喜びながら。
思えば、この世は未完成の肉で満ちている。
人間もそうじゃないのか。
山手線ぐるぐる。
改札という口をぬけようとする。チャージが足りない!
僕がゲロだとしたらこのコンコース、気持ち悪いだろうな!
1000円!
まだ!
野口英世!
本!
本!必ず、
返しに行きます!(メロス調)

太字引用……太宰治全集9(ちくま文庫)より

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