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琥珀の夏 /【読書report】

冒頭で、謎めいた学校生活の中にいた幼い子ども達の話が語られる。
そこから、小学4年生の法子が体験した不思議な理想郷、「ミライの学校」の思い出が語られる。
そして現代の法子に弁護が依頼される事件-女児の白骨遺体が発見される-から一気に学園のカルト的な側面があぶり出され、「理想の先生」達の本音やどこか歪んだ理想、思い上がりが見え始め、現在と過去が急速に混ぜ合わされて色が濁る。
ーこの学園で育ったミカが幼い頃に泉に混ぜた絵具のように。

この事件を期に、法子は「ミライの学校」で出会った、けん先生とミカに出会うことになる。
理想化されていたけん先生の現在の姿は、過去を汚すだけだが、
同じく理想化されていたミカの現在の姿は、過去を理想からすくい上げて新しい現実を浮かび上がらせる。

冷たく化粧気もなく暗いイメージに彩られた現在の美夏。
寂しがり屋で辛い気持ちを秘めながらも明るく優しい過去のミカ。
法子の中で両者がつながった途端に起こる化学変化が、事件を解決に導いていくようで、流れの持って行き方はさすが辻村ワールドだと思った。

法子にとっては、夫に話すこともないほど忘れられていた過去の思い出は、ミカにとっては、現在進行形の現実だ。
「ずっとほうっておいたくせに」
というミカの言葉は呪いのように法子を刺すが、
たとえ同じ時間を一時期共有していたからとて、その人のことをわかっていると思うのは傲慢なのだ、と私は、どこか突き放した目で法子を見ていた。

事件をきっかけに「親が子どもを他人の手に委ねて育てる」ことは、非情だという世論がクローズアップされ、法子は「琥珀の子ども達」であったミカが我が子をも「ミライの学校」に預けていることに理解できなさを感じてしまう。しかし、我が子を保育園に預ける時の気持ちを見つめたことをきっかけに、法子は美夏の弁護をしていくことになる。「そういう気持ちは私たちの感じている気持ちの延長上にあるのではないか」、それが法子が今の美夏と向き合おうとしたきっかけである。

私は個人的に、我が子を「きのくに子どもの村学園」というほぼ全寮制の学校に入れようとしていたことがあったため、どうしても「ミライの学校」を「きのくに」に重ねてしまい、同時にそこに我が子を真剣に預けようとしていた自分たちは世間からはひどい親だと思われかねなかったのだろうか…と、話の本筋とは違うことが気になってしょうがなかった。
この話は、「子どもを遠くに預ける親はひどい」という考えが常識であることが前提になっている話なので、そんな私は今一つ入り込めず、法子の気持ちにはあまり共感できなかったりもした。

しかし読み終わってみてから気づいた。
「琥珀」に閉じ込められていたミカが、誰にも言えなかった秘密を語れたことで、琥珀から抜け出して美夏になってゆくことができたのかもしれない…ととらえると、読みやすかったのではないかと。
ミカの心の奥底に埋められていた久乃との話が法子の前で語られた時、
ミカはおそらく、久乃の遺体と一緒に埋められていた自分の心を取り戻したのだ。

法子視点で語られるストーリー構成なので、美夏の気持ちになるのは難しかったのだが、後から振り返れば美夏の気持ちの方がよくわかる気がした。


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