情報リテラシー論 第3回

課題とバイトに追われる大学生、ぱるむです。
後回し癖があっていつも週末に怒涛の課題ラッシュしてます…


今回の情報リテラシー論は、検索エンジンの変遷と進化ということで、我々にとって身近な検索エンジンである、Yahoo!とGoogleのお話でした。

授業初めに見た動画についてはInstagramのリール動画の方で扱おうと思うので(遅くなってしまうかもしれませんが)よければそちらもご覧ください!
Instagram URL:https://www.instagram.com/nid_paru/



内容の要約、まとめはメモ形式で表記します
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まず、カテゴリー検索キーワード検索の2つが今回の重要ワード

2001年まではYahoo!が最も人気なウェブサイトだったが、カテゴリー検索は破綻しGoogleのキーワード検索が人気になってくる
→なぜカテゴリー検索が破綻したのか?
▶︎サイトの数が増えすぎてしまったから。
日本人に対しては5個から最大でも7個の選択肢が適切であり、それ以上になると処理しきれなくなってしまう。カテゴリー検索は樹形図のようなイメージ↓

講義レジュメから引用

このように7つの選択肢から1つ選び、その選択肢の中でより細かく7つに分けられる。この工程も7回が限度であるため、7の7乗、つまり823,543個のウェブサイトしか扱いきれない。
ウェブサイトの数が少なかった時代はカテゴリー検索で対応できたが、ウェブサイトは爆発的な増加を続け、1997年には1,117,255個のウェブサイトが存在していた。カテゴリー検索では手に負えなくなっていく。

講義の中でYahoo!きっず(https://kids.yahoo.co.jp)もカテゴリー検索だったのが今ではキーワード検索になってしまった、という話があった。
私が小学生の頃、授業でYahoo!きっずを利用したことがある。
確かにその時はカテゴリー検索だった。
先生の指示に従って多くの選択肢の中からひとつを選んで、また違う選択肢がたくさん出てきて、選んで、出てきて…
それを繰り返してもなかなか目的のページまで辿りつけなくて、とても果てしなく感じたのを覚えている。(「いつまでやるの!?」と思ってた)
私が小学生だったのは2010年頃。
ちょうどカテゴリー検索が弱まりキーワード検索が主となってくるような狭間の時代だったのか、と思った。なんだか不思議な感覚である。

先生の目を盗んで(良い子は真似しないでね🥴)、自分があまり関わったことがないようなカテゴリーをどんどん進んで全く知らない領域の記事を読むのは、自分の世界が広がるようで楽しかったのも思い出した。
キーワード検索だと自分と関わりのない領域のキーワードなんて知る由もないので、そういった知見を広げるようなことは少し難しいように感じる。
そのような点でもカテゴリー検索とキーワード検索の違いがあったりするのかなと思った。


講義の中で、図書館を例にカテゴリー検索とキーワード検索の例が挙げられた。
例えば、ぱるむという名前の作家の「おいしいプリン」という小説(仮に、です😉)が欲しいとする。

まず、図書館の中の小説コーナーにいく
→作家の名前であいうえお順で並んでいるとしたら、は行のところに行く
→同作家の作品もタイトルのあいうえお順で並んでいるとしたら、「お」なのでその作家の最初の方の棚にいく
→本が見つかる!
という流れが、いわゆるカテゴリー検索。

対して、図書館に入って司書さんを捕まえて、「ぱるむさんの『おいしいプリン』という本を探しているんです。どこにありますか」と聞いてその本のところに連れて行ってもらうのがキーワード検索。

分かりやすい例えだなと思うと同時に、気がついた。
あれ、今でもカテゴリー検索って存在してるじゃん、と。
図書館に行くと自然とカテゴリー検索の要領で本を探している。
おそらく皆さんも。
破綻したんじゃなかったの…?

なぜ、図書館では本を分類分けしてあるのか、スーパーでは野菜コーナーとかお菓子コーナーとかに分かれているのか。
▶︎それは有限だから。
図書館の本棚の数とか、スーパーの土地の面積とかには限りがある。
しかし、インターネット上では無限にウェブサイトが作れる。
だからキーワード検索が必要になってくる、というわけ。
これがリアルとネット大きな違いでもある。←重要!

カテゴリー検索とキーワード検索は検索における2代派閥であるということを覚えておいて欲しい。


最後に。
今回の講義で『共起語』という言葉を初めて知った。
共起語というのは、あるキーワードと同時もしくは頻繁に出現する単語のこと。
https://gmotech.jp/semlabo/seo/blog/co-occurrence-words/より引用)
Googleは、ただ検索したキーワードが出てくる記事を表示しているだけだと思っていたため、共起語の有無なども考慮されているということに驚いた。
まあ確かに、冷静に考えれば、この情報化の時代にそんな単純な仕組みで成り立っているはずない、と考え得るかもしれない。
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今回のレポートは以上にします!
最後までお付き合いいただきありがとうございました。

今回の講義の最後に、検索やSNSに依存せず、自分の頭を使おう!という話もありました。
確かに、分からないことがあると、すぐスマホを出す人多いと思います。
でも一概にそれが悪いとは言い切れないんじゃないかな、とも思います。
だって、全く知らないことに関してどんなに頭をフル回転させても、糸口が見つからないとどうしようもないことって少なからずあるわけでしょう。
情報が溢れるこの世の中で、全てをこの脳みそひとつで管理するのは無謀じゃないかと思うのです。
でも、だからってなんでもかんでも思考放棄状態で検索するのはいかがなものかという話ですよね。きっと。
私は、一度考えてみて、自分の考えを裏付けるためとか、答え合わせするために検索するようにしています。

思考を止めないこと。
これからも続けていきたいです。
以上、ぱるむのひとり言でした!


これは横田秀珠先生(https://yokotashurin.com)の情報リテラシー論、授業レポートです。


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