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ショートショートバトルVol.4〜「シーソーラヴ」西軍(大友青、山本巧次、稲羽白菟)

(お題:ひまわり)(ムード:ドキドキ)

第1章(大友青)

  もう何度目の夏が来ただろうか。
あれは私が10歳の頃だったから、どうやら8年目になるらしい。
 また、ここへ来てしまった。打ち寄せる波の音と鳥の鳴き声しか聞こえない、私たちの秘密基地へと。

 遠く、ずっと遠くには雲の切れ目が見える。太陽の光が水面に反射して眩しかった。でも、目をつむったりはしない。あの人がやってきたとき、見落としてしまうかもしれないから。私は目をつむったりはしない。

 二度と目を離したりしないから、だから、お願いだから、もう一度だけ……あなたに逢いたい。

◇◇◇

『きれーい!』

 小学四年生の夏休み、父の田舎へとやってきて二日目。父と母と三人で楽しみにしていた海へとやってきていた。視界に広がるのはキラキラした青い海、とは言い難かったけれど、まだ幼い私にとっては、ここが毎年の夏の全てと言っても過言ではなかった。

 ひとしきり海を楽しんだ私はお決まりの『探検』をはじめた。あまり遠くにいっちゃだめよ、なんてこれまたお決まりの母の言葉を聞き流し、浜辺から離れて田舎道を歩く。

 細く、長く続くまっすぐの道。今日は右にいこうか左にいこうか。そんなことを繰り返すとあっという間に森の中。前も後ろもわからない。

 ここはどこだろう。浜辺はどこだろう。

 だんだんと気持ちが沈んで行く。

 森をぐんぐん進む。きっとこっちだ、自分の直感を信じてぐんぐん進む。森の終わりが見えて、私は嬉々として光の世界へ飛び込んだ。

「わーっ」

 目に飛び込んできたのは視界一面のひまわり畑。その向こう側にちらりと青い海が見えた。私は見とれてしまう。

「君、だれんちの子?」

 不意に飛び込んで来た男の人の声に、私は両肩を跳ね上げた。


第2章(山本巧次)

「えっ、あの」

 振り向いて、言葉に詰まってしまった。10歳の自分から見れば「男の人」だったけれど、そのとき彼は14歳ぐらいだったと思う。中学生か。でも、小学四年生にとっては充分に大人だった。

「その森の向こうの、おばあちゃんの家で」

 その少年は顔を上げ、祖母の家の方向を見た。

「ふうん」

 だれんちの、と聞いておきながら、興味なさそうな声だ。何なんだろう、この人。私はじっとその男の人、いや男の子の顔を見る。日に焼けた、端正な顔。町の、自分の学校には見られないタイプ、と思った。気になったのは、その目。空の青さを映し、どこまでも澄んでいる。こんな子に会ったのは、初めてだ。

「あの、私、東京から来たの。あなた、ここの人ですよね」

 そう聞いてみた。今から思えば、もうちょっと気の利いた言葉はなかったのか、と思う。しかし、10歳の自分にそれを望むのは無理というものだ。
 少年は、小さく頷いた。そして、すっと手を上げた。

「ひまわり、好き?」

 さっき「きれーい」と声を上げたのを聞いていたのだろう。こくりと頷く。

「ひまわり畑。ぼくの秘密基地」

 秘密基地って、何なんだろう。私は小首をかしげる。

「ひまわりはね」

 少年は言って、ひまわり畑を指す。

「お日様の照っている方向を、いつも向く。でも、時々、そっぽを向いてるのもある。ほら」

 彼が指すひまわりは、確かに日の方向を向いていない。不思議なことに、自分の方を向いていた。

「あのひまわりにとっては、君がお日様なのかも」

 少年はそう言って、笑った。白い歯が輝いた。見つめられて、びくんとした。何だか、胸が高鳴っている。

(どきどきしてる? 私)

 頬が熱くなった。何だか恥ずかしくなって、下を向く。

「君は、お日様みたいだね」

 確かにそう言う声が聞こえた。
 少しの間、俯いてから、顔を上げた。

(あれ?)

 少年の姿は、どこにも見えなかった。
 それから、その少年の姿を見たことはない。祖母の家に帰って聞いてみたが、そんな子の心当たりはないと言う。

(あれは、夢だったのか)

 いや、そうじゃない。8年経ってここに立ち、改めてそう思った。

(今日、もう一度会えるかもしれない)

 理由はわからない。なぜかそんな気がしていた。思えば、そんな気持ちに引きずられ、今ここに立っているような気がする。何なんだろう、この気持ちは。

第3章(稲羽白菟)

 あの時はまだ10歳の子どもだった私は疑問に思うことはなかった。けど、私ももう18歳。思い出せば出すほど、あの日の思い出の不思議さ、もしかすると夢じゃなかったのかという気持ちが強くなってくる。

 あの時の男の人──今から思えば少年は、一体どこに消えてしまったのだろう?

 そして、あの日、ひまわり畑のひまわりはどうしてすべて私の方を向いていたのだろう?

 そんな体験、きっとお父さんもお母さんも絶対に信じてくれないだろうから、もちろん私は今まであの日の不思議な体験を人に話したことはなかった。ずっと誰に話すつもりもなかった。けれど、あの日以降それといって不思議な体験をしたことのない、ごく平凡な中学生、高校生時代を送ってきた私にとって、あの日の思い出は大切な、特別なものになったことは違いなかった。「あの人に、もう一度会いたい……」そんな思いを胸に、私はあれから毎年、この場所に来ずには夏を過ごすことが出来なくなってしまった。

 五年前お父さんが家を出て行って、三年前、お母さんはこの世を去った。

 お母さんと二人になっても、私一人だけになっても、私は毎年ここに来続けた。

 そして今年、おばあちゃんもいなくなって、毎年泊まらせてもらっていたおばあちゃんの家も、いつまでこの場所にあるのか、もうわからない。

 今年最後になるかもしれないこの片思いの夏の旅──私は空を見上げるひまわりたち、ひまわり畑を見渡した。

 その時だった。

 海から吹き込む風の音とともに、私の耳元に懐かしい声が響いた。

「僕たちの銀河の太陽は、やっぱり君だったんだね……」

「え?」

 振り返った私の目の前、そこにはあの時と同じ少年が、あの時と同じままの姿で立っていた。

「八年ごとの銀河の接近、ここに来てくれなかったら、僕らは永遠に太陽を失ってしまうところだった」

 少年は微笑んだ。

「──君たちの太陽系と僕らの乙女座μ(みゅー)銀河、光と闇、プラスとマイナス、どちらかが明るければどちらかが暗い、どちらかが幸せならどちらかが不幸……そんな、まるでシーソーの両端に存在しているような関係の銀河なんだ。だから、今までの一万年、僕らの世界は闇だった。君が今日、この場所で待っていてくれたおかげで、僕らは再び僕らの太陽を迎えることができる──」

 白い歯を見せにコリと笑い、少年は掌を差し出した。

 少年の話が本当ならば──私がこの手を取れば、私たちの銀河は……。

 でも、お父さんも、お母さんも、そして大好きなおばあちゃんも、私の大切だった人たちはもうこの世界にはいないのだ。

 私が少年の掌をとるまで、それほど迷う時間はなかった。

 私は少年と握手をした。

 ひまわり畑のひまわりが、一斉に私に顔を向けて微笑んだ。

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11月16日(土)16:00から、京都 木屋町「パームトーン」で開催される「fm GIG ミステリ研究会第13回定例会〜ショートショートバトルVol.4」で執筆された作品です。

顧問:我孫子武丸
参加作家陣:川越宗一、稲羽白菟、最東対地、延野正行、尼野ゆたか、大友青、誉田龍一、円城寺正市、山本巧次  ほか

司会:冴沢鐘己、曽我未知子、井上哲也

上記の作家が、東軍・西軍に分かれてリレー形式で、同じタイトルの作品を即興で書き上げました。

また、それぞれの作家には当日観客からお題が与えられ、そのワードを組み込む必要があります。

さらに「ムード」の指定も与えられ、勝敗の基準となります。

当日の様子はこちらのアーカイブでご覧になれます。

タイトルになった「シーソーラヴ」はこんな曲です。

「シーソーラヴ」TIME FOR LOVE(詞・曲/冴沢鐘己)

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