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監督インタビュー【音声ガイド制作者の視点から】映画『LOVE LIFE』 深田晃司監督へ

9月9日公開、絶賛全国上映中の映画『LOVE LIFE』.。
Palabraは、この音声ガイドと字幕を制作しました。ただいま日本語字幕付き上映が拡大中、またアプリ『UDCast』方式による音声ガイドと日本語字幕、英語字幕に対応しています。

映画『LOVE LIFE』ポスター

『海を駆ける』に続いて2回目の音声ガイド制作となる深田晃司(ふかだ・こうじ)監督。
音声ガイド原稿を書いた松田高加子(まつだ・たかこ)が深田監督に、音声ガイド原稿を軸にインタビューしました。

松田:今回、音声ガイドの書き手としては、表情の描写が多めだったのですが、表情描写は監督が違和感を持つといけないので、確認を入れさせてもらいながら制作を進めました。

まず序盤で、主人公の二郎さんが、奥さんである妙子さんに、一人の同僚女性について言及された時の反応の表情に、私は最初の原稿では「ギクッとする」と書いていました。それに対して、深田監督から「戸惑う」くらいかな、とフィードバックをいただきました。

これは、私自身がこの妙子のセリフに「あ、やばい!」と反応したこと、また、二郎が声を発さずに見せた表情、つまり視覚を使わない人には何もないことになるわけで、私の感じたことを反映させるとどういう言葉かな、という気持ちで書いてしまったからです。

深田:「ぎくっとする」というのは完全に二郎をクロとしたガイドで「やばい、ばれてしまう」という感情が見えてくる。「戸惑う」であれば、妙子から唐突なことを言われて、「なんでこの人こんなこと言うんだろう?」というようなニュアンスにも思える描写なので、そこから先を解釈するのはお客さんにお任せしたいと思って、そのようにお願いしました。
ギクッとする状況で間違ってはないのですが、解釈を狭めてしまわないように、ということですね。

身振りを交えて話す深田監督

深田監督の演出について

松田:このシーンを改めて振り返った時に、演出をする深田監督と、一鑑賞者でありつつガイドを書く私と、二郎を演じる永山絢斗さんという三者がいるのだな、と意識をしたんですね。
つまり、私の目から見た二郎は、永山さんが演じているということでもあるわけで。
監督は演技に対してどういう風に演出しているのかなと興味を持ちました。
永山さんにお任せですか?

深田:基本的にはお任せですね
事前に大分リハーサルをしていて、修正もできているので、演技の方向性を定められていました。
今回、役者さんの中に演出意図と演技が合わない人はいませんでしたね。
もし、永山さんがパッと見て「ギクッとする」というのが分かる芝居をしていたら抑えてもらったと思う。
観ている人の想像力との綱引きだと思うので、余白を作って観ている人に想像してもらって、想像通りにしたり、想像とは違うところにいったりすることを細かく繰り返していくものだと思っているので、想像できる範疇を残したいと思っています。
私たちは普段生きていても、脚本に書いてあるような内面の心理をそのまま身体でアウトプットできるものでもないと思っているので、そのくらいの匙加減の演出になっています。

時には音声ガイド書きからのささやかな抵抗も

松田:次に、これは表情の話とは少し違いますが、二郎が電球を替えたあとに、妙子が二郎とふすまの陰に隠れて、キスをするシーンで、私は初め「妙子が二郎を引っ張って、部屋の隅に行く」とガイドしていました。
そこに対して、監督からは、はっきりと、「隠れる」という言葉を使った方が伝わりやすいのではないか、というフィードバックをいただきました。
そこに対して、私はそのタイミングで「隠れる」は言い過ぎになってしまうと感じ、どうするかはモニター会の現場で確認させてくださいと保留にさせてもらいました。実際、モニターさんからは、「言い過ぎかな」という意見をいただきました。ふすまの後ろから、敬太の「よっしゃー!」という声が聞こえた時に初めて、だからふすまの陰に隠れたんだな、と改めて認識するというくらいがいい、となりました。

深田:そういうのは、当事者にモニタリングするおもしろさですね。「隠れる」こと自体はそんなに隠すことではないと思っていたのですが、モニターさんの意見は尊重した方がいいな、と思いました。

松田:とは言え、私の初稿での「引っ張っていく」だけも弱いと思いましたので、「妙子が二郎の腕を引っ張って、ふすまの陰に行く。」と修正しました。

松田注:ここをもう少し踏み込んで補足させてもらいますと、「ふすまの陰に隠れる」 は行動の結果の意味まで含んでいます。
引っ張ってふすまの陰に行く、は結果に至るまでの具体的な道筋がイメージできます。
そして、なぜその場所に行ったのか、は背後に息子がいたから、というのが分って初めて、「あ~隠れたのか」とはっきりすると思ったので、上記のような修正にしました。

会議室にて 深田監督と向かい合う松田たか子

美術さんにシンパシー

松田:私は最大限、監督の演出意図に沿いたいと思うのですが、前作の『海を駆ける』の時に、まだ関係者の皆さんも手探りという状況だったので、慣れている私達にお任せくださったのですが、それはもちろん信頼をいただけてありがたい話なのですが、少し気が重かったんですね。
特に深田監督作品のような映画の場合、責任が重いというか、間違った解釈で映画を壊してしまわないかと怯えるというか(笑)。

深田:はぁ、そういうもんですか(笑)。

松田:今回、モニター会の際に、二郎の両親の部屋で、お母さんはベランダにいて、妙子とお父さんがテーブルでアルバムを見ているというシーンで、妙子の足元にお風呂セットのバッグが置いてあって、それを見て、妙子はお風呂を借りに来たことがはっきりする。視覚障害の人にとって、場合によっては直前に引っ越し荷物の描写があるため、部屋の片づけを手伝いに来たとも取れてしまうのを、お風呂セットの説明によって自然な形で回避できました。
そこを確認している時に、監督が「美術さんが置いてくれたんですね」とおっしゃっていて。
それを聞いて、私たちもその美術さんと同じなのかもしれない、と思ったんです。

監督:あー、なるほど。

松田:つまり、全部が全部、監督が揃えるわけではなく、専門領域の中でそれぞれが提案をしていく。

深田:集団創作なので、それぞれがそれぞれの考え方で解釈して関わっていくのがいいと思っていて、監督はそれを一番ベストな方向へいくように修正をしたり、間引いたりする。
そうでなければ、集団創作としての面白味みたいなものがなくなって、どんどんどんどん監督の狭い世界観、箱庭になっていってしまうと思うので、そこはみんなが関わってくれるのがいいなと思っています。フランスのスタッフなんかは、はなからそうですよ。編集のシルヴィーさんなんかは、私はこうやった方がいいというのをぶつけてくる。

妙子が天袋から箱を出してきて、その中を見る、というシーンがあるんですが、そこをカットしたほうがいいのではないか、という話が出たことがあって。カットバージョンで試写をしたら、私自身も、フランスの配給やワールドセールスのスタッフも皆、すっきりしてよくなったんじゃない?と言ったんですが、シルヴィーさん一人が反対していて、これではだめだと、パクが過去から掘り起こされた人物だということが分からなくなる、と言われ、戻したバージョンで再度試写をした。そしたら、その時が初見だった人があのシーンがあるからパクのキャラクターが分かったと言っていて、一同、降参です、となったことがありました。監督やプロデューサーをはじめとした全員の意見に反対して意見を押し通したシルヴィーさんすごいな、て。

松田:わー、かっこいいですねー。

深田:もちろん、シルヴィーさんも監督の意図に沿ってくれることは沢山あるんですよ。
でも、監督が何をしたいのか、自分はそれをベストな形でやりますよ、ではなくて自分自身がデザイナーとして関わるという姿勢で楽しいです。

松田:肩を並べるのは僭越ですが、少し勇気が出ました。

監督の意図を掴みそこねる

松田:実は、シスターたちを描写するタイミングを完全に間違えてて、恥ずかしかったです。
広場に急いで走ってくる集団の中に既に姿が見えていて、そこで言うべきだったのに、広場でカードを持つまでガイドしなかった、そして逆に、カラオケのシーンでは、モニターの背後にうっすら見えているので、そのタイミングでシスターが歌っていることをガイドしてしまい、監督から、次のカットで「シスターが歌っていたのか!」という流れにしたいとご指摘をいただきました。

監督:初見の人がどのくらい見えているのか、という平均値というのはなかなか取れないんですけどイメージとしては、映画館で見ている初見の人がスクリーンからどのくらいのタイミングでどの程度の情報を汲み取っていくのかというのを計算しながら作っているつもりです。なので、配信やソフトなどで繰り返し見た人が、例えば、ここにマイクが映り込んでいる!とか見つけるようなことがあるんですけど、そういうケースは基本的に気にしないで、「すごい。よく見つけました。おめでとうございます」ぐらいに思っています。

オフィシャル版としての「見たまま」について

松田:音声ガイドとは、一応、「見たまま」を説明するということをやるわけですが、それは、主観を入れすぎると、考える余地が奪われて、聞いている側が鑑賞しづらくなるから見たままのフラットな説明にする、ということで、また、晴眼(目が見える人)と同じタイミングで把握できるようにする、という役割もあります。作品性を担保するのは、やはり同時に分かっていくということが大きいので。
そう考えた時、オフィシャル版として作るからには、本気の「見たまま」ではダメだということがあります。つまり、たまたま松田が気づかなかっただけのものを、「晴眼と同じタイミングで」とそのまま描写しないというのは違うということです。
ここでも、おそらく大半の初見の人は拾えない程度にしか映っていなくて、次のカットではっきり映っているので、その意図を反映させて書くというのが、オフィシャル版における「見たまま」ということになるのかな、と。
つまり、ナチュラルメイクというのは、本気のスッピンではなく、スッピンのように見えるメイク、という感じなのかなと思って、今回、納得しながら作業していました。

深田:ありがとうございます。

松田:いえいえ、監督にありがとうございますなんて言わせちゃって…

松田たか子ごしの深田監督

当事者モニターの大切さ

松田:ところで、今回は、深田監督の作品においては、2回目のバリアフリー化作業でした。前作の「海を駆ける」から今回までの間にろうの役者さんと出会ったりされて、変わってきたこともあったと思うんですけど、今回はどうでしたか?

深田:前回もそうでしたが、分かるようにサポートしなきゃ、という思いが強くなりすぎると余計なことを足しちゃうんだな、と。そういうものは、モニターからそれは足しすぎだよ、という指摘をもらったりするので、当事者と一緒に作っていくというのは大事なことだなと感じています。

ろうの知り合いが増えて、砂田アトムさんと繋がったことによって、観に来てくれるろうのお客さんの顔がはっきり見えていたので、バリアフリー化作業はするのが当然の流れでした。

松田:そうですよね、字幕が必要、とか、手話通訳が必要、て当たり前に気付けるようになりますよね。

手話セリフに対してのボイスオーバー

松田:また、音声ガイドのメインユーザーである「視覚障害」は、言ってみれば、「聴覚障害」の真逆みたいなところがあるわけで、せっかくの手話台詞に対して、ボイスオーバーをつけなければいけないということがあったと思うのですよね。その辺に関してはどういうふうにお感じになりましたか?

深田:あー、でもそれは・・・・(しばらく考えられて)、それは言語として伝えるためには仕方がないことだなとは思います。
手話のニュアンスをどこまでボイスオーバーで出せるかというのは難しいところですけど、なるべく演者さんとも演技を探ってできる限りのことはしたんじゃないかなとは思うんですけど、逆にこれを音声ガイド付きで観て、いろんな人の感想を聞きたいです。

松田:そうですね、私も砂田さんご自身がもちろん聞くことはできないとしても、周囲の人が砂田さんに対してボイスオーバーが付いたものを聞いた方が何かしら感想を言ったりすると思うんですけど、それをどういうふうにお感じになるのかな、ってちょっと気になっていたりしています。
今回のボイスオーバーは、深田監督がとても綿密に繊細にニュアンスを伝えて何回もやり直してもらって、調整できたので、安心して見ていました。その部分ってまだまだニッチな部分なのでなかなか気づく人いないかもしれないですけど(笑)

バリアフリー版のクオリティもきちんと保つ

深田:まあ、そこはちゃんとディレクションのもとに、演出があった方がいいと思います。それは、なんだろう、英語の日本語吹き替えだからフラットな日本語でいいというわけでは当然無いからこそ日本語版の演出家が入るわけで、ちゃんとバリアフリー版にも演出家が入るべきだなと思います。演出を監督自身が務められればいいけど、監督自身が無理でも、演出のディレクションをできる方がそこにやっぱり入った方が…

Palabraさんのバリアフリーの取り組みを見た時に、そこで、今までの自分が当たり前のように享受してきたもの…10代の頃からたくさん映画を観てきたけど、それと同じようには享受できない、できてない方がいるっていうことに想像力が及んでいなかったということもあるし、自分自身の作品においても鑑賞という場から排除してきたということでもあったので。じゃあ、そこをバリアフリーで道を作っていこうってなった時に、クオリティが著しく下がったりするようじゃ、意味がないんですよ。


やっぱりそこで、きちんとクオリティも保ちながら、ちゃんとお届けするっていう。クオリティって、単純に高い低いだけじゃなくて、作り手の方の持ち味とかもあるので。作り手の作家性みたいなものも。
そこも踏まえてきちんと反映させていってこそ初めて表現の意義だと思うので。
なので、監督がちゃんとディレクションに関わるということが理想かな、とは思います。

松田:そうなんです。今回、私、無理でしたもん(笑)外国語セリフの吹き替えであれば、役者の「発声」によるニュアンスがあるので、それに近付けるということができますが、手話セリフのボイスオーバーは、視覚障害のお客さんにとっては、それが直接の登場人物のニュアンスになったりするので、より難しいわけです。

深田:砂田さん役のボイスオーバーは、結構時間掛けましたよね(笑)

松田:はい。男性声優、橋本雅史さんが最初掴めてなくて。いつも、どっちかっていうといい声を出すのがお仕事でしょうから、当然なんですが、今回は、何度やっても監督が…

深田:かっこよすぎる!!て(笑)

松田:ただ、やっていく内に、つかみ取られて。「もう一度やらせてください」みたいな。そしたら、監督もイメージ通りだ、ておっしゃって。プロのお仕事だなーと思いました。
今回もし私が演出しなければいけなかったら、かっこいいし、これでいっか、ってなっちゃてたかもしれませんもん(笑)

深田:ああいうのは、当然、本編でもやることなので、むしろ、時間がなかったくらいで。掴んでくださってよかったと思いました。

松田:音声ガイドのナレーターの堀内さんもばっちりはまっていて、バランスのいい仕上がりになったと思います。初日舞台挨拶はチケット完売だったそうで…永山絢斗さんも登壇されて。

深田:今回、大勢のお客さんにろうの役者である砂田アトムさんを観ていただけるのも嬉しく思っています。

松田のつぶやき
今回、集団創作の面白みという話が聞けて、個人的には嬉しかったです。
深田監督が「かっこよすぎる」とやり直しを重ねたボイスオーバーはUDCastでお聞きいただけます。
手話を目で見た時と、ボイスオーバーありの時との印象に差を感じるかどうか、興味があります。
ぜひ、晴眼のお客さんも音声ガイド付きでリピート鑑賞してみてもらいたいです。

映画『LOVE LIFE』をバリアフリー版で観るには

音声ガイドはアプリUDCastに対応。
字幕付き上映も拡大中!字幕については、以下の記事も参考にしてください。


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