見出し画像

石神井にネパールビール

 私の知人がインド古典舞踊、シタール、激ウマカレーにはまって久しい。映画も面白いし、インドは国として魅力に富んでいるのだろう。自分にとってインドはハード過ぎるイメージがあって、旅行で行くことは一生ないかと思っている。ずいぶん昔、シンガポールのインド人街でフィッシュヘッドカレーを食べたことが、私の持っている数少ない本場に近いインド体験だ。

 実感として、ここ十数年でインド・ネパール料理店はかなり増えている。ハヤカワ新書「インドの食卓」では、日本がインド料理を受容する過程が描かれていて、増加の一途をたどっているのは確かなようだ。石神井で異国情緒を感じる機会はほとんどないけれども、石神井公園駅付近に限っても三軒ほどあって(もっとあるかも)、勢いは感じる。

 インド料理店「リアル」は、石神井公園駅を商店街に向かって少し進んだところにある。目下の再開発から外れたのは、お店にとって幸いだろう。路地に入る角に看板が立っている。
 リアルのメニューは、今の日本人が思い浮かべる典型的インド料理だ。各種カレーは辛さが選べて、サラダやナン、食後のラッシーまでコースで頼める。先の「インドの食卓」によると、実は、日本に来てから初めてバターチキンとナンを食べるインド人も少なくないそうだ。そうしたステレオタイプの誤解や、地域、宗派による違いなども解説されている。

 休日昼のリアルは満席であった。テイクアウトの客たちも頻繁にやってきて、大変繁盛している。うち二組は子供連れであったことを踏まえると、住宅街の広がる石神井であっても、中華やイタリアンのように当たり前の存在になっているのだろう。何十年も前、自分が初めてインド料理を意識したのは神戸だった。その頃はもう少し珍しい食べ物で、さすが港町と思ったものだ。「エスニック料理」という呼び名も廃れてくるのではないか。

タンドリーチキン。1個で足りなかった

 リアルで目についたのは、「Nepal Ice(ネパールアイス)」というビールだった。イスラム教徒とは異なり、ヒンドゥー教徒であれば、アルコールも一応タブーではない。店にはセレクトされたワインさえ置いてある。
 ネパールビールはすっきりとしていた。食後にラッシーを頂く。店員さんの段取りもよく、こうなると普段の昼呑みとまるで変わりない。日本のインド料理店はネパール人のコックが多いそうだが、「モモ」というネパールの餃子もメニューにあって、あらためて食べに行かねばなるまい。

サッポロビールのグラスにラッシーが!

 上石神井の方には「ふんだりけ」というカレーの名店があるらしい。ある時、偶然、お店の存在に気づいた。上石神井駅からも距離があり、新青梅街道を目指して、石神井川を越えていく。通り沿いながら、説明が難しい。

 人には人の、店には店の佇まいがあるが、ふんだりけはどこか謎めいている。そもそも「ふんだりけ」の意味が分からない。「分陀利華」とは、白いハスの花を意味し、仏教と関わりが深いことばのようだ。店は写真撮影が禁止らしく、ふらっと食べに行ってもいいのだろうか迷わせる。

 そのため、覚悟を決め、ふんだりけを訪れたのはしばらくしてからであった。店内は六席ほどで、カウンターからは日本人の店主の調理姿が見られる。インド由来らしき装飾もあったが、日本のラジオが流れていて、エキゾチックさは特別強調されていない。

 ふんだりけで評判の料理が「ムルギーカレー」である。メニューに「辛めのチキンカレー」と書いてあって、自分は辛い料理に自信がないので、あきらめた。メニューの二番目にあった「キーマカレー」を選び、ライスにライタ(ヨーグルトのサラダ)をかけ、先の割れたスプーンで混ぜて頂く。あっさりした中にも複雑な旨味がある。食べ終わる頃には、よりスパイシーさを欲しがる自分もいて、いろいろと味わうために、この店も何度か通わないといけない。
 なお、テイクアウトもやっている。自分の抱いていた入店の覚悟も、そもそも要らなかったようだ。

 インド・ネパール料理店の開拓精神、本場の味を昇華させる日本人の探求心。リアルも、ふんだりけも、石神井にもこんな店があるんだなという驚きを持って、紹介させてもらった。

石神井公園駅「シルザナ」のランチ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?