1ヶ月後の夜に【不思議で奇妙な話】
わたしは大のおじいちゃん子だった。祖父の葬式では「あんたはおじいちゃん孝行だったけぇね」と遺影を持たされて霊柩車を見送った。
ちょうどその頃、わたしは日々の肉体労働に疲れきって泥のように眠る日々が続いていた。
祖父が亡くなって四十九日も迎えていない、1ヶ月後。(月命日と言いたいところだが四十九日を迎えていないので、1ヶ月後と表現する)
オルゴールの音でわたしは目が覚めた。
音は頭を向けている方向から聞こえてきた。
そこには押し入れがあった。片方が開けっ放しの押し入れから、はっきりと大きなオルゴールの音。
その音色、その曲は、10年前から知っているものだった。
10年前、わたしが小学生の頃に祖父からもらったオルゴール。
紺色で四角い箱。曲は“七つの子”。
頭上で鳴るその七つの子はテンポがとてつもなく遅く、まるでオルゴールの巻きねじを軽く半巻きしただけのようだった。今にも止まりそうな、一音一音がもどかしいほどに遅かった。
か ら す
な ぜ な く の
か ら す は や ま に
か わ い い
な な つ の
こ が
あ る
か
ら
止まった。
「あと1音なのに!!」
わたしは心の中でツッコみながら重たい体を起こした。
祖父だ。
祖父が来た。
祖父があのオルゴールのネジを少しだけ巻いたのだろう。いや、少ししか巻けなかったのかもしれない。霊的世界から物質世界に対して物理現象を起こすには、とてつもなく大きなエネルギーが必要なのかもしれない。
枕元に置いてある携帯で時間を確認した。
2時半。ぎりぎり丑三つ時だった。
わたしは疲れ切った体が発する眠気に襲われ「ごめん じいちゃん、オルゴールは明日探すから、今は寝かせて」と祖父に謝り、また深い眠りに落ちた。
翌朝、夜中にこんなことがあったよと両親に話すと「やっぱり、あんたんとこには来るんじゃねぇ」と言われた。
丑三つ時に鳴った、祖父にもらった懐かしいオルゴール。それは、もう何年も家の中で見ていなかった。どこにあるのか、家族もわたしも全く把握していなかった。
押し入れの方向からから聞こえてきたのは確かだ。しかし、布団しか入れない場所にオルゴールは無いだろう。
つまり、物体として そこに存在していないオルゴールが鳴っていたことになる。
「探すから」と祖父に言ったにもかかわらず、その後のわたしにはオルゴールを探そうという気は起らなかった。
“祖父からもらった思い出のオルゴール” が 祖父が亡くなった“ちょうど1ヶ月後に鳴った”
わたしには、それだけで充分だった。
わたしと祖父の間に特別な絆があることを実感できたから。
そんな不思議な現象が起こる3日前から、わたしには ふとした瞬間 頭に浮かび上がる疑問があった。
「そういえば、あのオルゴールどこに行ったんだろう」
それまでオルゴールのことは全く思い出すことがなかったのに、急に頭に浮かんできていたのだ。
祖父は3日前から、わたしにサインを送っていたのかもしれないし、逆にわたしから祖父へメッセージを送っていたのかもしれない。
祖父からの返事は「近くにいるよ」なのかもしれないし「このオルゴールじゃろう?」なのかもしれない。
祖父が亡くなって10年以上経った。未だにオルゴールは見つかっていない。
(了)