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Tartare de bœuf / 牛肉のタルタルステーキ

 ビストロ料理の定番

 パリに来たら絶対に食べたいと思っていた料理があった。それは、新鮮な牛肉をそのまま頂くことのできる、タルタルステーキだ。パリのカフェやレストランではどこのお店に行っても、大体メニューにあるぐらい一般的なものだ。9年前に初めてパリで食したときに、その一皿がもたらした衝撃が今でも忘れられないのである。
 
 新鮮な牛肉を細かく刻んで塩と胡椒、マスタードや刻んだピクルスと共に供される一皿で、グリーンサラダとジャガイモのフリット(フライドポテト)がセットのスタイルが多い。この一品でじゅうぶんにお腹が満たされる、ボリューム満点の一皿だ。お店によって使用しているスパイスや味付け、盛り付けのスタイルが違うので食べ歩いてみるのもおもしろい。
 
 行く先々のカフェでメニューの中に姿を見掛けていたのだが、食事時にカフェを訪れることが少なかったため食べ損ねていた。が、ついにそのチャンスが訪れる。知人と食事をすることになり、コンコルド広場から近くにあるブラッスリーで待ち合わせた。カフェやレストランで夜の食事をするのは今回フランスに来てから初めてのことだったので、楽しみにしていた。
 

 私たちが訪れたお店はチュイルリー公園に近く、ルーヴル美術館やマドレーヌ寺院などの観光スポットともアクセスが近く、初めて訪れる者でも探しやすい。そして高級ホテルが立ち並ぶ通りに繋がっていることもあり、世界各国から観光で訪れる方が多いらしく、クチコミは世界各国からのメッセージで溢れている。
 

 実際お店の中に入るとその通りで、様々な国籍の顧客が席を埋めていることが見てわかった。入ってすぐ正面にはバーカウンターがあり、一番入口に近い席で紳士なムッシューが一人、大きなサイズのグラスで、おいしそうにビールを喉に流し込んでいた。その紳士的な身だしなみからムッシューは近くのホテルで勤めているのか、カウンターの向こうにいるバーテンダーとの会話では長年通っている様子が伺えた。
 

 黒でシックにまとめられた内装は、クラシックな立地にありながらモダンなつくりで気取らなさを演出している。サービスの方もその雰囲気に合わせるかのように、顧客との会話を楽しみながら、テンポよくきびきびと動いている。ディナーとはいえ、緊張せずに済みそうだ。

 

 席に着くと冊子型のメニューが私たちを迎えてくれた。どうやら海産物が有名らしい。いろんな海の素材がぎゅっと詰まった盛合せプレートなんかもある。新鮮な牡蠣や海老に、キリっと冷えた白ワイン…考えただけで幸せになる組み合わせだが、贅沢するにはまだ早いなあと考え直す。

 するとメインのメニューの中に「Tartare de bœuf à la maison / 自家製 牛肉のタルタルステーキ」の名前を発見。新鮮な海産物を扱っているお店なら、鮮度も間違いないはず。渡仏初のディナー、私の心は秒で決まった。前菜には鰯のマリネ、白ワインをグラスで頂く。


 正直な事を言うとこの時は、前菜に「魚のマリネ」と理解して頼んでいたが、ご対面するまで鰯だったということはわかっていなかった。ヴィネガーでマリネされたことでぎゅっと引き締まった鰯の身は、口に含むとふっくらとした食感が口の中に広がる。
 一緒にマリネされているジャガイモと人参は薄切りにされていて、シャキシャキとした歯ごたえが楽しめておいしい。ハーブの良い香りも効いている。
 

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 そしてお待ちかねのメインディッシュ、タルタルステーキ。大きく真っ白なお皿の真ん中に、型取りせずにもりもりっと載せられた姿はお店同様、気取らない盛り付けだ。別皿でヴィネガーとシンプルに和えられたグリーンサラダと、ミニサイズのブリキバケツのような器でたっぷりのフリットが、テーブルいっぱいにぎゅうぎゅうと並べられている。良い眺めだ。
 

 いよいよタルタルをフォークでひと口分すくい、口に含む。たっぷり叩き込まれて柔らかくなったお肉はとってもなめらかで、少し大き目に刻まれた玉ねぎとピクルスの食感がうれしい。味はそれぞれの好みに調節しやすいよう、薄味で整えられていた。ハーブの香りも良い役割を果たしている。
 パンと一緒に食べてももちろんおいしい。少しだけお塩を振って、味を変える。これでもかと、たっぷりのボリュームなので、少しずつ味わいに変化を持たせて楽しめるのがすごくおもしろい。
 なのに、お肉そのものの甘さとなめらかさがとろけるような美味しさを連れてくるので、最後までほとんど味を変えずに楽しんだ気がする。

 たっぷり堪能したところで、さすがにバケツ全部のフリットは食べきれなかった。気持ち的には全部食べたいのに。残すのって、なんか好きじゃない。

 デザートはいかがか、とスタッフの勧めがあったが、さすがに満腹だということを伝えてるとそうだろうなという表情でにっこりと笑い、変わりにカフェをお願いし、エスプレッソでゆっくりと締めくくった。

 食事って、メインとなる料理はもちろんだが、お店の雰囲気やスタッフとのやり取りも、楽しく過ごすための大事な要素。いつも思うことではあるが、改めてトータルの体験なのだなと実感した。

 夢のような瞬間を過ごすことができた。今度同じ店に行く時は、魚介と白ワインを堪能しに行こう。
 そして、私のタルタルステーキの旅はまだまだ続けていきたい。

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↑ 9年前に初めてたべたタルタルステーキ。すごくしっとりしていて、スパイスが効いていた。


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