金沢暦‐狐月‐

ここ数日、金沢の街がざわついている。理由はわからない。大学の先生は講義の時間を間違うし、食堂のおばちゃんも定食のご飯を忘れたりする。自宅でテレビをつければアナウンサーがどこか落ち着きなくニュースを伝えている。これから何かよからぬことが起きるのだろうか。友人の1人に聞くと「やっぱりか」と肩を掴まれた。

「なんだ。お前も知らないのか」

「知るわけないだろ。俺、福井県民だぜ」

「は、何それ。何か関係あんの」

「あるよ。大ありだ。金沢人しか知らないことがこれから起きるらしい」

金沢人しか知らない何かとはなんだ?金沢人に聞けば教えてくれるだろうか。考えあぐねていると浅野が通りかかった。確か彼は金沢出身だ。

「ああ、そのことか。ここではちょっと都合が悪いな」

浅野はそう言うとそそくさと逃げようとしたので彼の襟元をガシリと掴み引き留めた。

「じゃあ、うちに来いよ。どうせ暇だろ」

「そうでもないんだよ。これからアゲを買って来ないと」

「アゲってなんだよ」

「油揚げだよ。小立野にある豆腐屋の油揚げ」

「何だよそれ」

「ま、いろいろあるんだよ。じゃあな」

益々わけがわからない。浅野が隙を見て逃げようとしたので、逃がすまいと抱き着いた。通りかかった女子が「うわ…」という目で私を見る。私は怯まなかった。浅野は「やめろよぉ気持ち悪い。俺にそういう趣味は無ぇよ」と言いもがいて私を振りほどこうとする。馬鹿野郎、私だってそんな趣味は無い。しかし、ここで浅野を逃がすと謎は迷宮入りしてしまう。

「取り敢えず俺のうちに来いよ。教えてくれたらすぐに開放するから」

浅野はガクリと頷き「やばいやつに捉まったなぁ」と小声でぼやいた。

かくして私は金沢の狐月について知ることになる。金沢は奥が深い。そして、その奥底は金沢人しか知らなくて、よそ者は決して知り得ない世界なのだ。


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