月読み3

 「日進堂」というのがその店の名前だった。隠れ家的店というより隠れ過ぎて辛うじて存在しているような店のように見えた。そもそもネットで検索してもわからない。このご時世に、である。

ようやく見つけ出した頃には夜になる一歩手前だった。別に約束しているわけでは無いけれど月夜さんが言った夕暮れ時に訪れないと何かよからぬことが起きそうな気がしたのだ。

店内に入ると無数の金魚が空中を気持ちよさそうに泳いでいる。随分、センスのあるオブジェだなと思ったら本物の金魚だった。思わず変な声を上げる。

「どうかしましたか?」

30代くらいの男性で店主らしき人が近付いてきた。

「へっ、あっ金魚…」あまりの驚きに文章の組み立てが全くできずにいると

「あぁ、金魚。いいでしょう。初めて来店される方は皆驚かれるんですよ」

「は、では、これはホンモノ」

「ええ。ご自宅ではあまり長生きはしませんが」

何なのだこの店は。店内をよく見渡すと棚によくわからないものが詰まった小瓶がびっしりと並んである。

「何かお探しですか」

店主の一言でようやくお使いのことを思い出し店主にそのことを話した。すると「あぁ、はいはい。承っております。今年は不作でなかなか手に入らなかったのですが、ちょうど先ほど入荷したんです。流石、月夜さんだなあ」と言い、店の奥からインク瓶を出してきた。インクは黒とも青ともつかない不思議な色をしていて思わず見とれてしまった。

「このインクは月光イカのイカスミで作られたものです。月光イカとはホタルイカの群れの中で1匹ないし2匹しかいない貴重なイカで月の光を体内に貯めて発光します。あ、ホタルイカは知ってますよね。このイカは秋口に風に乗って空に舞い上がり冬に雷となって海に落ちます。一般にブリ起こしと言われるのはこの雷で…」

何を言っているんだこの人は。わけがわからない店主の説明が終わると会計をお願いした。

「202万5000円です」

え、私が月夜さんから預かったお金は200万だ。もう一度確認したが同じ金額だった。取り敢えず預かった札束2束を会計の机に置き私のボロボロの財布をやむなく開けた。昨日アルバイトの給料日で少し多めに入っていた。数を数える。26000円。涙が出そうだった。

会計を済ませ店を出て、今後どんなことがあろうとも月夜さんのお使いはしないと決めて東山へ向けて歩いた。ここからは結構な距離があるが仕方ない。お金が無いのだ。それにしてもと紙袋を覗く。インク瓶は相変わらずヌラヌラと怪しげな色をしている。これが200万円、いや、訂正。202万5000円の価値があるものだろうかと首を捻った。

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