大野陽太の証言

茂庭草介は雨の中永安町のバス待合所で大野陽太がやってくるのを待っていた。雨は最初小雨程度だったが、しばらくすると少しずつ雨足が強くなりあっという間に大雨になった。金沢駅行きのバスが一台、また一台とやってきては通り過ぎて行った。人もやってきてはバスに乗り、茂庭草介はそれを漠然と眺めていた。丸澤圭一郎からは大野陽太の特徴を聞いているのでその人物が来るまで辛抱強く待つ以外はなかった。

4本目のバスがやって来たときバスに急いで駆け込もうとする男性がいた。茂庭草介は「あっ」と思った。その男性は恐らく大野陽太だ。

「大野君!」

大声で呼ぶと男性は振り返っていやーな顔をしてバスに乗り込んだ。茂庭草介も急いでバスに乗り込む。バスに乗ると大野陽太は一番後ろの席にいた。隣の席が空いている。茂庭草介は急いで隣に座る。

「なんすか。あなたは」

大野陽太は眉間に深いシワを刻み怪訝な顔で睨んだ。

「ぼ、僕は金沢市役所の…」

「でしょうね!俺に付きまとうような人は公務員くらいだ」

「そんな顔しないで聞いてくださいよ。僕も困っているんです」

「はいはい!またそれですか。もう勘弁してくださいよ。ホントもう散々だったんですよ。就活は失敗しまくるし。もうこうなったら安定した公務員様のコネで俺を公務員にしてくれませんかね」

「それはさぁ…無理だよね」

「冗談ですよ。あ、俺ここで降りるのでボタンを押してください」

茂庭草介は降車ボタンを押した。バスは赤坂で停まった。大野陽太は立ち上がり茂庭草介もつられて立ち上がる。バスを降りると

「いつまで付いてくるんですか。俺、もう協力しないってこの間、公務員に言ったと思いますけど」

「いやぁ、その時の話だけ。話だけ聞かせてくれないかな。実はその、始末書を書かなくてはならなくてね」

大野陽太は残念な人間を見る目で茂庭草介を見て溜息をつき「じゃあ、10分だけですよ」と武士の情けをかけた。

ようやく茂庭草介の始末書が埋まろうとしている。最初から彼に聞けばよかったと思ったが、話が終わると夕飯を奢れと言われ、高いステーキ肉を買い物かごに情け容赦なく入れていく大野陽太は聞いた通りの悪魔だと思った。

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