師走のロデオ-金沢小風景⑧-

師走は走り過ぎる月と言われているが、実際に走り出すとは思わなかった。

何の話かというと香林坊のミスドの隣にあるわけのわからないオブジェである。大学4年の12月、卒論が佳境に差し掛かり就活も上手くいかずヤケになって同じような境遇の仲間数人と片町で安酒をしこたま飲み自宅まで帰ろうと1人香林坊をトボトボ歩いていた。寒風が吹きすさび身を縮めてちくしょう不景気の馬鹿野郎と呟いているとキュゥゥゥという金属が軋む気持ちの悪い音がした。なんだこの音はと思い音の鳴る方を見るとあのオブジェが屈伸をしていた。

オイオイついに自分の頭が壊れてしまったかと思ったが、周りの人達も唖然とその光景を見ていたから私だけが見ているわけじゃない。オブジェは屈伸を何度かすると勢いよく走り出した。女性が「きゃあぁ」と悲鳴を上げた。オブジェはタクシーの上をポンポンと跳ねていく。誰もオブジェを止めることはできない。

オブジェは私の目の前で止まり動かなくなった。私は何を思ったか恐る恐るオブジェをむんずと掴まえた。するとオブジェは急に動き出し私を乗せてまたタクシーや車の上を跳ねだした。私はひぃぃと叫びながらオブジェを抱きしめていた。もうわけがわからない。ひとしきりオブジェは私を乗せたまま香林坊を暴れまわると元の場所に戻り動かなくなった。私は力が抜けてゴロゴロと下まで転げ落ちた。周りの人は何事もなかったかのように通り過ぎていく。

「あの、大丈夫ですか?」

1人の中年女性が声をかけてくれた。寒さの中のほんの少しの温もりに胸がいっぱいになったが、それ以上に気分が悪かった。しこたま酒を飲んだ後にあのロデオをやれば当然の結果だった。

香林坊のオブジェは年に一度師走に走り出す。嘘だと思うなら深夜の香林坊を訪れてみて欲しい。

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