犀川堂のこと-金沢小風景②-

 金沢には2本の川が流れています。浅野川と犀川です。「女川」という愛称の浅野川に対して犀川は「男川」と呼ばれ市民に親しまれています。市街地である片町付近に流れる犀川には犀川大橋という橋が架かっていて、そのすぐ近くに「古書 犀川堂」があります。

 今にもペシャリと潰れそうな外観、店内に入るとどこからともなく漂う黴臭さ。どれも私の知的好奇心を刺激して仕方ありません。大学に入学してすぐにこの店を見つけてから店に訪れるのが休日の決まり事となりました。店主は夕子さんと言って、いつも美しい着物をお召しになっている女性です。夕子さんとは初来店以来、仲良くさせていただき他愛のないアレコレを話しているうちについつい長居してしまいます。古本屋は怖いおやじさんが営んでいるイメージでしたが、若い女性が店主だなんて意外でした。聞くとお父様がぎっくり腰になったため代わりにお店を1人で切り盛りしているのだとか。なんて健気でたくましいのでしょう!同じ女性として夕子さんを見習いたい。

 そんな6月のある日、いつものように犀川堂を訪れると店主が夕子さんではなくおせんべいのような丸顔のおやじさんに代わっていいました。不思議に思って夕子さんのことを尋ねるとおやじさんの顔色が変わりました。

「夕子は確かに私の娘だが小さい頃に亡くなったよ」

 どういうことか詳しく話を聞くと夕子さんは小さい頃に不慮の事故で亡くなっていて、店もおやじさんがぎっくり腰で入院して先週までお休みしていたとのこと。私は夕子さんの姿や先週まで2人で話していたことなどをおやじさんに話しました。おやじさんは目を細めながら私の話を聞き

「夕子は父親があまりにもだらしないから天国からやって来て店を手伝ってくれたんだな」と呟きました。

 犀川堂は今も犀川大橋の近くにあり大学を卒業した今もよく訪れ、おせんべいのような丸顔のおやじさんといつも夕子さんについてアレコレ話します。もちろん本も買いますよ。

 

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