未完の書ー未完の収集家ー
「この度はご連絡いただきありがとうございます。月歩堂でございます」
「ああ。わざわざ遠いところからありがとう。早速のところで悪いがね。例の本を見せてくれるかな?」
千鶴さんはトートバッグの中から青い風呂敷に包まれた例の本を出して男に手渡した。男は嬉しそうにパラパラと本をめくっていたが、次第にその顔は曇っていった。
「これは…残念だが偽物だ。悪いが購入する気はないよ」
「そうですか。申し訳ございません」
千鶴さんは深々と頭を下げた。私は驚いて「えっ」と思わず声が出た。モノにかけては誰にも負けない知識を持っていると思っていた千鶴さんがミスをするなんてにわかに信じがたかった。
「君のおじいさんはこんなミスはしなかったがね。まだまだ勉強不足だな」
「祖父をご存じなのですか」
「まあ、な。生前はだいぶお世話になったよ。これはお返しする。また本物を手に入れたら見せてくれ」
千鶴さんは口をキッと結んだまま本を受け取り「失礼します」と言い部屋を出た。私は急いで彼女の後を追いかけた。
屋敷を出て私たち二人はしばし無言で歩いた。私は今回の彼女の失敗にかける言葉が見当たらなかった。
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