聖夜の魔術師(下)

フィナボッチ数列、黄金比、白銀比、ピタゴラスの法則…ありとあらゆる法則を駆使して日記に書かれた暗号を解こうとするがまるでわからない。大学の図書館にヒントになるものはないか終日籠るもただいたずらに時が過ぎていくばかりである。私はこの暗号が解けるまで講義には行かないと決めていた。あ、いや決してサボりたいわけではない。やむにやまれずである。そこのところ間違えないように。

11月も終わりに差し掛かり12月に片足を突っ込もうとしていたある日、私は何気なく日記をパラパラしていたら、この持ち主が恋心を寄せている人物にはもうすでに恋人がいるようだった。寝転がって日記を読んでいた私は起き上がって日記を熟読した。もしや、この持ち主は想い人を恋人から引き離しあわよくば自分がその位置に収まろうと考えたのではないか。こいつは凄い。この魔術を取得すれば恋人なぞ思いのままではないか。あ、待てよ…。私の心にムクムクと黒い雲が現れた。クリスマスまでにこの暗号を解きクリスマス当日にこの魔術を使い世の恋人たちを別れさせようではないか。金沢中の男女に私と同じく寂しいクリスマスを味わわせてやろう。そう考えたら俄然やる気が出た。

12月の中旬、ついに私は謎を解いた。金沢の繁華街の片町にあるスクランブル交差点、あそこを魔法陣に見立てて儀式を行うのだ。あの数列はスクランブル交差点の四か所の電柱それぞれに数字を書き込めということだった。謎を解いた時はもう夜明け近くで安堵と寝不足でフラフラになりながらベッドに横たわった。決行は勿論、24日だ。

24日当日は気持ちのいい晴れだった。私は身元がばれないようにキャップを被り伊達メガネとマスクをしたがその姿は完全に怪しい人物だった。まあいい。聖夜に甘いことを企む男女に正義の鉄槌を下せるのだ。私はバスに揺られ片町のバス停に降り立った。片町スクランブル交差点はすぐ近くだ。私はメモ紙に基づいて通行人にばれないように4つの電柱にサインペンで数字を書き込む。その後は欲望丸出しの男女が行き交うであろう6時に日記に記されていた呪文を唱えればいい。

夕方6時、案の定片町は手をつなぎ歩くカップルで溢れかえっていた。まさにカオス!いや、本当のカオスはこれから訪れるのだ。私は咳ばらいを1つして呪文を唱える。空が急に曇り出し轟音と共に稲光が辺りを照らした。

「きゃあ!」

女性の悲鳴が聞こえた。血のクリスマスだ!ははははは…は?稲光の後に訪れたのは悪魔でも黒い煙でもなく白い雪だった。雪はみるみる辺りを白く染め上げる。そして雪煙の中、黄色い小さな光がいくつも現れる。それは蛍だった。真冬に蛍とはこれ如何に?先ほどの雷鳴に驚きカップルの手はより一層固く結ばれ降る雪蛍に皆一様に目を奪われている。

「綺麗…素敵なクリスマスだね」

近くにいたカップルがそう話しているの聞くと私はうわあああと叫びながらその場を後にした。私の何がいけなかったのか。恐らくすべてだ。とんだクリスマスになってしまった。

後日、日記を読み返すと持ち主は想い人を振り向かすことをあきらめ彼女を陰ながら喜ばそうとクリスマスにこっそり今回の魔術を行ったらしい。何という純粋無垢で残念な男なのだ。私は日記を壁に投げつけその後拾い日記を撫でた。

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