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いつものメイドのこと

わたしの身体にはリボンがたくさん。数を数えてみたならば12個ついています。リボンは膝下まである靴下の、両脇にも及んで、さらにフリルと、レースもたくさんついた、そんなワンピースのお洋服…。これは花子の趣味で、わたしは基本的にずっとこの格好で生活をしています。
生活といっても、わたしは皆さんの暮らしぶりとは少し違って、花子の家にいつもいます。花子が帰ってくる間、そして帰ってきたあと、家にいて、過ごすのが生活のすべてです。あ、週に一度だけ、社会勉強をしに花子の職場でアルバイトをします。花子の職場は花屋です。週の真んなかに、花子に連れられて、最近は植物が濃い緑色になって、明るいねえ、などと花子が言うのを聞きながら、そこに行きますが、着くと花子とは別の場所に案内されます。

通されたぬるい空気の、ドアが開け放された屋根付きの空間。そこでわたしは用意されている、値段の書いてあるシールを、花を入れる透明な袋にひたすら貼ります。ぺちぺちぺち。隣では、わたしの2倍くらいの速さで「先輩」がシールを貼っています。ぺちぺちぺち…。リズムゲーム、苦手、途中でこんがらがると、全部わからなくなって、リズムは全部くずれて、変なとこに貼ってしまったりします。「先輩」は集中していて、わたしは自分のじゃなくて「先輩」のシールを貼る音なんて聞いています。「先輩」はシールを貼るのがわたしより1秒だけ早いけど、これがずっと続くとわたしが1000枚シールを貼り終える頃、「先輩」は2000枚シールを貼るということになります。無口でわたしより3歳年下の彼女に、暑いですねえ。この前お腹痛そうにしていましたが体調は大丈夫ですか?と聞きたくなるけど、こらえます。頭の中でいっぱい話しかけるけど、口は一切動かしません。シールを貼りだしたのは彼女のほうが早いのに、生産されたのはわたしより後ってだけで話しかけやすいとか、タメ口っぽくなるわたしって、ロボットみな平等ですって顔してどこかでなにかの線引きを、しちゃってるのかしら、と考えたりします。自分のシールを貼りながら「先輩」のシールを貼ってる音を聞いてるから頭と体がどんどんちぐはぐになって、変なとこにシールを貼って、破かないように剥がしてるうちに、「先輩」はシールをさらに5枚くらい、貼ってしまいます。

アルバイトが終わって、花子と一緒に家に着くと、わたしたちはそのまま一緒にお風呂に入ります。花子は力仕事や膝をつく動作をするせいで、その身体のすねや、膝にあざがたくさんあります。それ以外にはもともと身体のあちこちに、やけどの跡や、生まれたときについたもう消えないであろうあざ、ほくろ、シミ、花子が貧血で倒れたときに打って縫ったらしい顎の傷、なんかがあります。花子の身体は時が経って、蓄積しています。わたしの身体の表面はたまに花子に大切にされなかった分や、転んだりした分の傷のほかには、何もなくて、ほくろとかシミとかは存在していません。わたしの表面はターンオーバーというのをしなくて、ただそこにありつづけます。わたしについた傷は花子の生傷みたいに自然に治ったりはしません。花子がそっと洗ったりそこだけ外して修理にだすと、きれいになります。
わたしがここに来る前に、花子が生活をしてつくった、花子のもう治らない傷跡を眺めます。わたしの知らない過去を、こんな風に痛々しく目に見えるように持っているのに、わたしはそのときの花子を知らないから、なにも分からないまま。

花子はいつも、わたしの髪をブラッシングします。毛足の長くてふさふさのイノシシの毛。わたしの髪じゃなくて、くしの話です。わたしの髪は高級な、人毛です。髪を洗う前にくしを通すと、サラサラになるんだって、花子が言っていました。花子はお風呂に浸かりながら、湯船からでて風呂椅子に座るわたしの髪に腕を伸ばして、濡らす前のわたしの髪を、念入りに、上から下に梳かします。

お風呂からあがると、わたしたちは夜の準備に入ります。花子は身体にボディクリームを塗ったりして、少しダラダラしたら、夕飯の支度をします。わたしはというと、自分の家、花子の部屋の中にはわたしの家のようなスペース、がありますが、そこに行って、充電をします。わたしの家は部屋の隅にあって、そこにわたしの充電器がくっついています。わたしは生活をして、疲れたら、そこに帰ります。隅に座って、精巧につくられたわたしの背中の、背骨みたいなデザインのとこの(かがむと恐竜の背中のギザギザみたい)、一番出っ張ってるとこ。そこだけ色が違って、人肌に合うくらいのうすい赤色で、電気ポットの充電部分みたいに、専用のコードを近づけるとゆるりと磁石で吸い寄せられて、しゅばっ、カチッ、と鳴ったら、充電ができます。花子は、わたしがこの充電器に戻る直前に、段差につまずいて力尽きていたりするときが割と、好きみたい。可愛いんだって笑っていました。
花子の家の中は便利なものだらけで、花子は日の出に合わせて勝手に開くカーテンや、家に到着する前に動作するエアコンが好きです(無論、カーテンは日の入りに合わせて閉まり、人気がなくなると動作を停止します)。
ほんとうはわたしの家があるところに、お掃除ロボットを置く予定だったみたいなのですが、わたしを置いたためにスペースがなくなってしまったから、やめたみたいです。なので、わたしが代わりにお掃除をすることにしています。

わたしは大体1日しか充電がもたないので、なくなる前に部屋の隅の家に戻るけど、たまに花子が一緒に寝てほしいって言ったら、早めに充電しておいて、夜に合わせてコードを外せるようにしておきます。花子はわたしにつかずはなれずの距離で、わたしの手を握って、眠ります。わたしは目をつぶるだけだけど、朝まで、目をつぶります。

花子は朝になるとコーヒーに牛乳をいれて、仕事の支度をします。そのあとに、わたしのところにやってきて、わたしの髪の毛を結びます。あるときはポニーテール、あるときはみつ編み、くるくるのときも、あります。今日は、耳の下でお団子がふたつのようです。その後、わたしを立たせて、「リボンチェック」をします。確認するのは、わたしの12個のリボン、ちゃんと結ばれているか、たてになっていないか、可愛いか。このときはわたしは動くことができないので、ただ、花子の頭のてっぺんの、毛が少しだけ薄くなっているところを見ています。数分。花子はこれをしてからでないと家をでません。わたしは花子が出ていって、アルバイトも無くてひとりになったとき、可愛くしてもらった髪の毛とリボンのついた格好で、ひたすら花子を待ちます。花子の部屋にいる間は、花子の知っている範囲のことしかできないわたしです。

花子が家に帰ってくる時間になると、わたしは玄関のそばに向かいます、少しすると、ガチャとドアが開きます。
わたしは花子に、「おかえりなさい」とひとこと、言います。わたしのやるべきことは、それだけです。

花子はたまに花を持って帰ってきます。花がひらいてしまって、長くもたないものとか、失敗したアレンジメントとか。少しの間だけ飾って、枯れたら、捨てます。これの繰り返し。

花子の職場の社長がよく、これからはなんでもAIやロボットに代わられちゃう時代だなっていいます。事務作業書類作業、誰かの代わりにやってあげられる作業全部、先かも知んないけどみんな取られちまうな。便利が飽和した時代を想像してみます。ほんとは一瞬で終わる作業をほんとに一瞬で終わらせてたら、やることがなくなって、暇になるかと思いきや、新しいこと詰め込んでって。人間はほんとうはできる便利を、結託して、できないふりすればいいのに。世界のスピードが、遅くなればいいのに。

花子はわたしがシールを貼っている姿や、それが「先輩」の二分の一の早さなこと、「先輩」と話したいけど話さない選択を取っていることを知りません。花子の知らないわたしというのは存在しています。
この前シールを貼っていて、花を入れる袋の端でわたしの指が少し裂けました。花子には、まだ言っていません。
花子はまだ気づいていません。なにしろ最近は夏の暑さと仕事の忙しさにやられて、帰ってくるなり眠りこむ日々が続いています。

お盆が終わってお彼岸も終わったら、どこかに行こうねと花子が言いました。花子が、花子に、花子は。花子の思い通りに日々は進んでいきます。行きますように。
わたしのリボンのたくさんついたワンピースのひだの上で、花子が眠っています。実は、もう少しで充電が切れそう。わたしは花子を起こしません。花子が起きたら、わたしは力尽きていて、花子の身体に覆いかぶさって、動かなくなっているかもしれません。花子が起きなかったら、もしかしたら朝まで、こうやってごちゃごちゃになって、わたしたちは動かずにこんなところでずっと固まることになるのでしょう。花子が気づいて、わたしを抱きかかえて隅に連れて行って、充電が完了した頃に、またわたしの世界がはじまって、リボンは全部きれいに結ばれていて、時間が経って花子が帰ってきたら、わたしはまた、おかえりなさいと言います。


今日のうた
マルコ/クリープハイプ

ダンボールの宇宙船に乗って 我が家にやってきた君を抱きしめたのさ
いつの間にか大きくなって 宇宙船は君のオモチャになった

マルコ/クリープハイプ

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