アンスリウムの恋の実験
今日は午前中に届いた花の水揚げをした。注文してたくさんやってきた花たちは、店に並べる前に、茎の水通りを良くするために再度カットしてあげる必要がある。これを水揚げという。
たくさん届く花を次々箱から取り出して、息のしやすいようにしてあげる、ここではつまり、植物目線であるので、息というか水が吸いやすくなるという意味で言ってみたのだが。
よく使う葉ものは茎が太いので、斜めに切ってあげたあとはさらに、その茎を縦に少し割ってやる。今日はモンステラ、ドラセナ。プロテアの花も、茎が強いので縦に割る。ちょっきんと言うよりは、ざっくりと言った感じで。
みんな日本原産じゃないんだろうなあ、という見た目の、いかにもちょっとやそっとのことじゃダメになりません、という感じの。
それらが終わると、ひまわりを出す。ひまわりの頭は重くて、乱暴に扱うと全部ぐにゃっと折れてしまいそうだ。サンリッチオレンジ、フレッシュレモン、サンリッチライチ。フレッシュレモンは、よくある芯が茶色のサンリッチオレンジのような品種とは違って、芯が緑色で、いかにも爽やかできれい。葉っぱは茶色くなるとよくないから、できるだけ取る。200本近くあるひまわりの、葉っぱをぷち…ぷち…とひとつひとつ優しく取っていく。無心で花の世話をしている時間は、ゆっくり、優雅とはいかないけれど、嫌いではない。
ひまわりを背の高い桶に入れ、冷蔵庫の部屋に入れこむ。暑い夏は、この部屋に入ると体がクールダウンされていく感じがする。ずっとこの中にいたい、と思ってしまう。きっと冬になったら、早くこの部屋から出たいと思うのだろう。
そして、今日のいち押しは、絶対にこれだ。
届いたアンスリウムを箱から出す。この花は鉢物で置かれることが多いが、今日は切り花として店前に飾る用のものだ。熱帯原産によく似合う濃い赤色と、鮮やかな緑色のものがある。アンスリウムの色を見分けるときにぱっと目につき、一見花の役割をしているように見えるそれは、実は葉っぱである。ハート型の葉っぱが花をしゅるりと囲んで、真っ赤な花びらみたいになっている。あるいは、みどりの。わたしは鉢物のアンスリウムでなく、この、今回みたいな、切り花のアンスリウムが好きだ。
切り花で送られてくるときは大変だ。心がウキウキする。薄型の箱をぱかっと開くと、葉の形に少しずつずらしながら、ずらっと揃ったアンスリウム。ひとつひとつ、きれいに透明なフィルムで蓋をされて、細い茎の、まさか1本1本の先に、分子生物学の、実験の遠心分離のときに使うみたいな、マイクロチューブが取り付けられているなんて。逆ハート型っていうおかしな形も相まって、なんだか宇宙からやってきた特別な植物みたい。植物って自然のものなのに、こんなに人工物で生かされている。この人工物をこの茎の先からぱちんと外したら、たちまち息ができなくなって、みるみるうちに萎んでしまうんじゃないかって心配になる。もちろん水分に満たされたこのチューブから茎を外しても、この宇宙植物はすぐに萎れたりなんかしない。こんなときはとっておきの四角いガラスの花瓶に入れて、不思議な雰囲気のまま店前に置いておく。アンスリウムの花言葉は、恋にもだえる心。ハートが逆さまになって、普通でいられなくなっちゃうってこと?たしかにこのアツアツなところで生まれた、赤い逆ハート型の植物には、ぴったりな花言葉だ。
わたしは恋の実験をするのだ。あの人の赤い、または燃え上がっていないときは緑色のハートを逆さまにして、その中に入っている気持ちの液体を、この茎を通して下のチューブまで流すのだ。流れ終わってチューブを外したら遠心分離機にかけて、そしたら核のところだけ、小さく固まって沈殿するから、そこだけマイクロピペットで吸い取ったら、これは私のもの、もう使い放題、あなたの心の中まで分かっちゃうのだ…。
なんて。ここまで考えたらもうアンスリウムは終わりにして、切り替えて、バラとか、トルコキキョウの水揚げしなきゃ。急がないと、午前中のうちに終わらないから…。今日のなんでもない一日の日記。
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