読書感想文(9)樋口一葉作『にごりえ・たけくらべ』(岩波文庫)

はじめに

この本を読んだきっかけは、書店でふと目に留まったことです。何か日本文学を読もうかなと思って本棚を見ていると、なぜか目に留まりました。そして昔、友人に樋口一葉の作品の何かをおすすめしてもらった事を思い出し、買うことを決めました(ちなみに後で確認すると、おすすめしてもらったのは「闇桜」でした)。

この本にはタイトルにある二つの作品が収録されています。元々は違う本に書かれた作品なので、それぞれでnoteを分ける事も考えました。しかし私が読んだのは岩波文庫の『にごりえ・たけくらべ』であり、雑誌に載った「にごりえ」「たけくらべ」ではありません。文学に関わりのある方であればおわかりいただけるか思いますが、作品と本は分けて考えるべきだと思います。一般的にわかりやすい例で言えば、先日読んだ『高慢と偏見』(大島一彦訳、中公文庫)は当然『自負と偏見』(小山太一訳、新潮文庫)とも『Pride and Prejudice』とも別物であるということです。よって、今後も複数作品を収録している本の感想は一つのnoteにまとめて書くことを基本とします。

「にごりえ」の感想

樋口一葉は明治時代に生まれた明治時代の作家ですが、明治時代といってしまうと誤ったイメージを与えてしまうように思います。その文章はまだ近世のものに近いように感じられます。明治時代というと例えば夏目漱石が有名でしょう。それと比べてこれほど違うものかと思いましたが、調べてみると夏目漱石の方が年上のようで、これまた驚きました。ただ夏目漱石が処女作「吾輩は猫である」を世に出したのは「にごりえ」よりも10年後のことなので、年齢というより時代の問題かもしれません。ともかく近世から明治へと文学が移り変わりつつある時代の作品だとすると、なかなか面白い経験ができたなと思います。

さて、近世に近いと書きましたが、それゆえに少しわかりにくいところもありました。例えば会話文に鉤括弧がないので、その点は「源氏物語」の校訂本文よりも読みづらく感じました。ただこれについてはある程度慣れてくると、自然と理解できるようになりました(当時の人はそれで理解していたのだから、結局理解できるのは当たり前、というのは古典を読んでいるとよくあります)。また、単語がわからないものもいくつかありました。いくつか注がつけられていましたが、やはり舞台に関する知識が不足しているとこうなってしまうなぁと思いました。そして文学部の端くれである自分でこれなら、多くの人にも読みづらいのだろうなぁと思います。これについては実は結構気になっていて、日本の古典を読む人はとても少ないように思います。その理由は恐らく読むのが難しいからで、中高6年間授業で学んだとしてもなかなかすらすらと読めません。中には「古典が読みたくなったら現代語訳で読めばいい」と言う人もいますが、これは原文を読む人からしたら勿体ないと思わざるを得ないでしょう。古典は確かに内容が面白いものがありますが、その表現の面白さも魅力だと思うからです。実はある程度の文法さえわかっていれば(少なくとも大学受験に向けて勉強した人であれば)、後は慣れでなんとかなると思います。

読みづらかったと書きましたが、私はこの作品をとても楽しむことができました。その理由の一つはやはり表現です。特に台詞は鉤括弧が無いので読みづらかったと書きましたが、鉤括弧が無いゆえなのか、ある場面ではその流れるような言い回しが強く訴えかけてくるようでした。また句読点で切り替わるテンポの良い会話も読んでいて心地が良かったです。途中からどうしても声に出して読みたくなり、無声音で音読しながら読み進めました。するとリズムが良く、そして登場人物たちの心から溢れてくる強い思いが伝わってくるようでした。例えるなら講談のような語りといえばいいのでしょうか。以前、一度だけ「忠臣蔵」の講談を聞いた時のことを思い出しました。それくらい心を揺さぶられる文章でした。

またネタバレが無い程度に内容に関わる感想としては、主人公(?)のお力のキャラクターにはなかなか惹かれました。しかし一方で、「あー、こういう人に情を持つからダメなんだよ」とも思いました(似ているかと言われるとそうでもないように思いますが、私が最も好きな作品の一つである『和泉式部日記』の女(和泉式部)を思い出しました)。そしてこの作品を当時の人はどう思ったのだろうか、などと思いを馳せたりします。この作品が女性にウケたのか、男性にウケたのかも気になります。女性がお力に自分を重ねたのでしょうか、それとも男性がお力を可愛いやつだと思ったのでしょうか。文学とは離れて、今の人たちがどのような人物評をするのかも気になります。私のようにチョロい男性がお力の魅力を言い、悲劇のヒロインに憧れる女性はお力に同情して哀れさを言い、達観した人はお力の女としての狡賢さを言う。そんな想像すらしてしまいます。そういう読書会みたいなのってきっと楽しいんだろうなぁと思いました。

「たけくらべ」の感想

こちらも中々理解するのが難しい所がありました。しかし、理解度50%くらいでもかなり楽しめました。なんというか、青春小説を読んでいるような気分でした。主な登場人物はみんな15歳前後で、そういう年頃の話です(ちょっと違うけれど、辻村深月『オーダーメイド殺人クラブ』の主人公たちを見ているような、そんな気持ちでした)。個人的な好みの問題ですが、楽しかったです。

ただ読み終わった後に解説を読んで、少し違ったことも考えました。私はこの作品を読みながら、「ああ若いって良いなぁ」と思っていました。しかし解説にあった樋口一葉や時代の背景を知り、より一層切ないものに思えました。この作品の主人公たちはやはりまだ子どもなのですが、しかし子どもとしての最後の時を生きているのでした。今でこそ15,16歳はまだまだ殆どが学生です。しかし子どもの主人公たちは、この先すぐに大人になってしまうのです。子どもの純粋さといいますか、自由さといいますか、そういうものを捨てて大人にならなければいけません。その絶妙な心理が確かに伝わってくるようでした。また遊郭が舞台となっている事で、当時の性の在り方を踏まえて、より一層登場人物の心情を考えさせられます。

表現やリズムはこちらも美しく、読んでいて心地が良かったです。解説によると、樋口一葉は日本古典文学の知識を文学的教養基盤としていたため、いくつか知っている比喩表現なども出てきました。それはちょっと嬉しかったです。

おわりに

今回初めて樋口一葉の作品を読みました。どちらの作品も心に訴えかけるような文章が素敵だったので、他の作品も読んでみたいなと思いました。この二作品については、他の人にも是非読んでみてほしいなと思います。

あと今回久しぶりに少し古い日本の文学作品を読んで、やっぱり文章が綺麗だなぁと思いました。樋口一葉の作品を古典文学と言っていいのかわかりませんが、日本古典文学はこのような文章の美しさが魅力の一つだと思います。

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