読書感想文(17)越谷オサム『金曜のバカ』(1)

はじめに

この本を初めて読んだのは中学生の頃です。越谷オサムの小説で初めて読んだのは映画にもなった『陽だまりの彼女』で、そこから他の作品も読むようになりました。この作品もそのうちの一つです。

この作品は5作の短編からなります。1冊の本は 1冊の本として感想を書きたいのですが、流石に5作を1つにまとめると多くなりすぎたので、noteは分けて書こうと思います。

金曜のバカ

これは二人のバカのお話です。女子高生のバカとストーカーのバカです。久しぶりに読んでみてまず思ったのは、ストーカーに対する嫌悪です。びっくりするくらい気持ち悪くて、読むのが嫌になりそうでした。ここで、これはフィクションだということを一度確認し直しました。小説をフィクションだということを再認識した時、そういえば別の作品で似たようなことがあったなと思い出しました。それは有川浩の「ストーリーセラー」です。有川浩の作品はほのぼのとした雰囲気というか、安心感のような感覚が好きでした。例えば自衛隊三部作や図書館戦争シリーズの緊迫した場面でも、頼れる人がいる、絶対なんとかなるという安心感がありました。ただこの「ストーリーセラー」はどうしようもない、やりきれない気持ちになり、珍しく家以外で泣いたのを覚えています。読んだことがある人は「あのページ」が強く印象に残っているのではないでしょうか。あのページの文字列を目で追いながら焦りのようなものを感じました。そしてボロボロと泣きながら読み終えた後、本を閉じてふとこれがフィクションであることに気づき、現実に安堵しました。小説を読む時、私は作品に入り込みます。なので基本的には小説をフィクションとして捉え直すことはしません。しかしフィクションとして捉え直すことでその小説をより楽しむことができることもあるのだなと思いました。

さて、このお話はバカたちの話なのですが、どちらのバカもキャラクターとしての魅力があります。二人に共通するのはバカだけど真剣に取り組むところです。女子高生は真剣というか律儀というか。ストーカーは多分現実にいたら世間から冷たい目で見られるけれど、でも女子高生に勝つために(二人は毎週金曜日に戦います)、格闘術の本を読んでみたり、そこから書店でアルバイトを始めてみたり、ダメなやつだけれど変わろうとしているのは素敵です。しかもそれが好きな人(?)のためっていうのもいいなぁと思います(いいなぁと思って、やっぱりまだまだ若いなと思います)。そんな二人のバカたちの間に生まれる謎の絆(?)というか、不思議な関係がとても面白い世界を作り出しているように思います。

最後にストーカーのバカについて。ストーカーのバカはストーカーだし、考えも気持ち悪いし、最低です。でも先ほども書いた通り、良いところもあると思います。良いところがあるのに、それを気持ち悪さが上回っているというか。じゃあなんでストーカーのバカはこんなに気持ち悪い人になったのだろうと考えた時、周りの扱いというのは多少あるんじゃないかなぁと思いました。ストーカーのバカは世間の色んなものを嫌っている様子です。その悪態付き方は、何か実体験を前提にしているような印象があります。またストーカーはバイトを始めるまでニートなので、その点からも世間から冷たい目で見られているかもしれません。こういう冷たい視線って、人をダメにするんじゃないかと思っています。例えば何をやっても「どうせアイツは」と言われたらやる気がなくなるような感じです。まあ周りの扱いによって気持ち悪くなったというよりは、気持ち悪いことによる周りの扱いと考える方が自然かもしれません。しかしそこできっぱりと判断してしまうと、そこからの改善はより難しくなるような気がします。逆に認めるべきところは認めることで、本人にも何かしらの自覚が出てきて変わっていくかもしれません。嫌なものを嫌だと思う事には正直になっていいと思いますが、嫌なものだから嫌がらせをするとか排除するとか、そういう風になってはいけないのではないかと思います。この作品においては、バイト先の人々が象徴的です。バイト先の人々はストーカーのバカに対して偏見がないので、普通に、優しく接します。一日目のバイト後、店長は「明日も来てくれるよね?」と期待もしています。「来てくれるよね?」というのは必要とされているという事で、これは承認欲求を満たしたり自己肯定感を上げるうえで大切だと思います。これらが良い意味でのプライドにも繋がり、例えばきちんと働こうと思ったり、相手を思いやる気持ちが生まれてきたりするんじゃないかと思います。

「バカ」という言葉は悪い意味で使うことが多いと思います。ただ「バカ」にも色々な側面があって、例えば素直さはよくある良い側面の一つだと思います。また気取らず一生懸命なこともよくあると思います。そういった「バカ」を思うと、「バカってすばらしい」というキャッチコピーを思い出します。なんのキャッチコピーかというと、「バカとテストと召喚獣」というライトノベルです。これは成績順にクラス分けされる学校で、一番バカなFクラスの生徒達を主人公にした小説です。この学校では各クラスで設備格差があるのですが、成績が能力となる召喚獣を使ってクラス同士が戦争をし、勝つことで相手の設備と入れ替えることができます。バカばっかりなので笑いっぱなしなのですが(例えば学園長に対して「爆ぜろ!」と悪態をついた後に「ついでに禿げろ!」と言うようなノリです)、バカがバカなりに悪知恵を絞り、そして下克上していく様はなかなか展開が熱くて面白いです。紹介が長くなってしまいましたが、要は「バカってすばらしい」ということです。「バカ」という言葉は見下すような気持ちと共に使われることが多いです。というより、見下すために「バカ」という言葉が使われるような気もします。しかし見下して何になるのでしょうか。相対的に自分を上げれるかもしれませんが、その行為も含めて外から見るとそれも自分を下げる行為に他ならないと思います。そんな使い方をするより、「バカ」をもっと良い意味で捉えたいなと思います。「バカ」は考えが至らなかったり、理解できなかったりすることで、突拍子もないことを思いついたりします。そしてそれが案外面白かったりします。それは事前に偏見を持っていないことも大きいと思います。まあ自ら敢えて浅はかな考えをしたり、理解しようとしないのは良しとしません。しかし今できていないことはそれを認め、最大限活かす方が良いのではないかと思います。そしてその為には先に書いたような周囲からの扱いというのも大きく影響すると思います。侮蔑的な意味を持って「バカ」と言われると、「バカ」はその良さを最大限発揮できません。折しも、先日中学時代の友人が「世の中の人間は大抵驚くほどバカで論理的思考ができず、話が通じない」と言っていました。なるほど、確かにもしかするとそうかもしれません。しかし仮にその事実があったとしても、そこに見下す気持ちは無い方が良いと私は思います。バカに優しい世界になってほしいなと思います。

星とミルクティー

もうタイトルが素敵だと思いませんか。この作品はタイトル通り素敵なお話です。星とミルクティーと聞いて人は何を想像するでしょうか。各々頭の中に綺麗な景色が広がっていることでしょう。

この作品は『金曜のバカ』収録5作品の中で一番好きだったイメージがありました。実際に読み返してみるとやはり好きだなぁと思いました。そしてかなり自分の世界観に影響に与えていたということに気がつきました。まさにこの世界観が自分の中の「素敵」を形作っている、という感じでしょうか。

さて、この作品を読んでいて少し残念なことに気がつきました。それは読みながら解釈に必要なキーワードなどを気にしてしまっていたことです。具体的にいうと、「ミール」というロシアの宇宙ステーションが出てきた時です。これは実際に使われていたもので、作中でこれが今年の春に運用が終わったと書かれます。ここで時代考証ができます。調べてみると、これの運用が終わったのは2001年です。つまりこの作品は2001年の出来事だと考えられます。文学ではこのような手がかりを元に解釈することがよくあります。例えばその年に起こった事件を元にしているとか、この頃何が流行ったとか、そういう情報が手に入るからです。しかしこれを考え始めると、作中世界は一度止まってしまいます。作中世界に没入しながら読む人間にとっては大問題です。これは私が中学生の頃から危惧していたことでした。国語の時間に細かく分析のようなことをする板書を見ながら、そんなことしながら読んだら小説は楽しめないじゃないか、と思っていました。勿論、それによってより理解することができるという面白さはあります。しかし小説というものが一つの新しい虚構世界を作るものだと考えると、その世界を壊してしまいます。それは元々知っている人間ならば、その世界の中でも理解できるのであって、虚構世界にいながら外の世界でスマホで調べるなどしてしまうと、虚構世界は時空の連続した世界ではなくなってしまいます。文学部に行くことを決めてからこれに気をつけていたつもりだったのですが、やはり少しずつ無意識のうちに研究対象として文章を読んでしまうようになってしまったようです。だからといって全く楽しめないということはありません。努めて作品を読むようにすれば、作中世界に留まり続けることはそれほど難しくありませんでした。ただちょっと、なんというか、残念な気持ちになりました。

この作品は現実ー過去ー現在という時間の展開で進みます。それが最後に上手く繋がって、それゆえ不思議な雰囲気に包まれて終わります。その不思議さが星とミルクティーによって作られた不思議な夜の雰囲気と相まって、とても心地良い読了感です。読み終えて、やっぱり好きだなと思いました。

最近世界が明るくなったのか、目が悪くなったのか、星が昔ほど見えなくなったように思います。思い出したように空を見上げても、輝いているとは言えない白点が微かに見えるだけです。でもいつか、いつになるかはわかりませんが、星を見に行きたいなと思います。その時のために、少しでも天体に関する知識も欲しいなと思いました。星座なんかは神話とも関わってくると思うので面白そうです。

最後に、心に残った台詞を一つ。

また、星が降る夜に逢えたらいいね

(続く)

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