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8月6日



家の近所で殺人事件がおきた。

テレビにはいつも渡っている橋のエメラルドグリーンの欄干が映っている。河川敷に停めてあった乗用車のトランクからは女の死体が見つかり、下流のほうでは男の死体があがった。落ち着いた声の男性アナウンサーがそう伝える。女のほうは両方の手首が切断され、素っ裸の状態でスーツケースに押し込まれていて、ふたりからは微量の薬物反応がでたそうだ。凶器はまだ見つかっていないらしい。

それはそうと、こうやっていつもの景色を画面越しで見ると、どこか知らない土地のようで不思議な気持ちになった。

冷蔵庫を開け、マーガリンとブルーベリーのジャムと薄いプラスチックの容器に入ったいちじくを取り出した。食パンをトースターに入れ、ポットの再沸騰ボタンを押す。コーヒーを淹れる準備は後回しにして、いちじくを洗い、そのまま、流し台を皿代わりに立ったまま食べることにした。

いちじくはよく熟れていて、触るとぶよぶよしていた。いちばん柔らかいものをひとつ選び、両手で優しく持ち、いちばん膨らんだところに右手の親指をめり込ませる。真っ二つになったいちじくの裂け目からは透明の汁が溢れ出て、両手の指が濡れてべとべとになった。僕は気にせず、青あざみたいな色をした実にむしゃぶりつき、皮ごと口のなかへねじ込んだ。果汁。膜のような液体のむこうにあるざらざらとした果肉に舌が触れる。さほど甘いわけでもない、よくわからない果物だ。

ジーーーーーーーチン

パンが焼けた。

妻が買ったブルーベリーのジャムはすこしカビが生えていた。蓋を開けると、瓶の縁に白くうっすらと蜘蛛の巣のように。売れ残りの福袋を格安で買えるサイトを見つけたらしい。それにはブルーベリーのほかに苺のジャムと黄桃のジャム、それと瓶詰めのドレッシングが三種類も入っていて、そのどれもが美味しかった。ただ、普段は買わないからという理由で買うものの、こういう類いのものは届いてから使うまでが一番盛り上がるときで、そのあとはだんだんとめんどくさくなり、いつしか忘れ去られ、数週間たち、最終的に僕にまわってくる。お決まりのパターンだ。瓶の縁にかかっているカビをティッシュで拭いて、食べれそうなところだけをスプーンですくいトーストにのせた。

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