お雑煮のダシにはオンドリの名前があった
うちのレシピ①は、ヒヨコを自家繁殖するところから
日本を離れて11年になる。すでにカナダの生活に馴染みはあっても、年末年始くらいは日本的に過ごしたい。
まずは食材の準備。うちはファームなので自給できるものが第一だ。
期待させるような書き方をしたが、それは鶏ガラ。
年越し蕎麦とお雑煮のダシ用に冷凍保存しておく。
自然養鶏を始めてから毎年のことだ。
放し飼いのニワトリは、好きなだけ野山を駆け回り、地面を掘り日光浴も。丈夫な骨は煮込むほどに味が増す。
しかも骨周りの脂は、コクがあり上品。
鼻には穀物の芳しい香り。目には黄金色。
この上なく滋味深いスープに仕上がる。
脂は体に悪い? そう思う人はこちら↓
糖質制限を心がけていれば、脂を摂っても大丈夫。
うちは、脂や臓器、皮も含めて全部食べる。
たった1杯のスープを得るまでに、ヒヨコを孵化するところから1年がかり。しかし、これが自給自足の醍醐味であり、生類が本来あるべき姿に近いと思う。
「欲しいなら買いに行こう」
「買わない。自分で生産する」
「諦めて他を探す」
「いっさい要らない」
など。選択は人それぞれだ。
スープを取ったあとですら、大腿骨はまだ硬い。
これがスーパーで買える鶏ガラとの違いである。
うちではさらに煮込んで、残りの骨を飼い犬に与える。薪ストーブで暖を取りながらの冬のこと、煮込むためのエネルギー代はかからない。
最後に残るのは羽の山。
ガーデンの端に埋めて土に還すが、それも堆肥になることを考えると、捨てるところは全くない。
すべてを頂戴するから。ぜったいムダにはしない。
それは肉にしたオスへの約束だった。
今年はたったの2羽だけ。
「ツギ子」は、孵卵器から2番目に生まれてきた。
最初はほかのヒヨコより一回りも小さかった。メスだと思っていたので、次女の意味で名前をつけた。
一番大きな体に成長したが、ケンカ好きの性格で、繁殖のためのオスには向かない。
「ペンズ」は、一番体が小さいオスで、怖がりな性格。同様に繁殖用に向かない。名前はペンギンの色(グレー)からきている。
残したのは、リーダー気質のオスと、もう1羽は温和な性格の計2羽だ。
ツギ子とペンズはその2羽とずっと一緒だった。飼育面では安全に気をつけ、等しく愛情をかけている。
生後5ヶ月で肉付きは決まる。その後はメスを取りあう繁殖行動が活発になり、オスの数を減らさないと、群れとして成り立たなくなる。
私たちはオスの苦痛を最小限でスパッと送る。
今度があるなら、もっと良い性格と体格を兼ねそなえて生まれてきてほしいと思う。
それとも私たちのほうが彼の世へ渡って、オスたちと再会するのかもしれない。
送る作業とは別に、蕎麦とお雑煮の材料を揃える。
外せない縁起物の蕎麦と餅。近所のスーパーにないので、遠くの日本食材店から取り寄せた。もちろん、おせち料理に使う乾物も併せて購入。
日本を充電するような大切な両日は、耳にも響く。
CDでひたすら流すものといったら。
「日本各地の民謡」ちゃっちゃララ、ラッラ♪
「除夜の鐘」ボーン、ボーン……。
「春の海」お琴でシャララン♫
リピート再生で耳にタコができるまで。
そこまで堪能しようと意気込むあたり、自分はもう日本人のようで日本人ではない。
それでも有り難く。
マルチカルチャー(北米ではマルタイと発音)の国で、自分のルーツを祝う。日本にいたときより、よほど心を籠めてだ。
遠く離れていても。
生まれ育った故郷を想う。
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