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ひねくれ者は1周回る

彼は私のことを「全部好き」と言ってくれる。

うれしいけれど、うれしくない。

だって、全部って…。なんか、やっつけ感が強くない?

よくわからないから、これ言っとけ、みたいな。

だから今日はちゃんと聞くことにした。

私のどこが好きか、具体的に。

「ねえ、私のどこが好き?」

夕食を食べ終え、ソファに沈み込んでDVDを観ている彼に言う。

「全部好きだよ」

彼は画面を見つめたまま、言う。

「本当に?」

私は画面と彼のあいだに顔を覗き込ませて言う。

「ああ。見えないよ」

「じゃあ、お互いに好きなところを10個言おう」

「なんで?」

「いいじゃん」

私は彼の返答を聞く前に一旦停止のボタンを押す。

「せっかくいいところだったのに…」

彼はそう言いながら、ソファに沈み込んだからだを起こす。

「制限時間は10秒。言えなかったりかぶったりしたら、負け」

「いいよ。負けたら皿洗いね」

彼は自信満々に言う。

「先に言っておくけど、全部はなしね。全部だとあとでなに言ってもかぶるから。それにいつも言うでしょ?全部って。なんか、あれ、適当に言われている気がして、あんまり好きじゃないんだよね」

私は彼を試すような口調で言う。

「わかったよ」

どこからやってくるのか、彼の表情と口調はどこまでも自信満々だ。

「じゃあ、私からね。やさしいところ」

「笑うツボがよくわからないところ」

「それ、良いところ?」

「良いところじゃなくて、好きなところだろ?」

「まあ、ね。…えっーと、気を遣ってくれるところ」

「それ、やさしい、とかぶってない?」

「全然違うよ」

「ふうん。じゃあ、食の趣味がまったく合わないところ」

「それ、好きなところなの?」

「うん」

「……じゃあ、えっーーと…たまに男らしいところ」

「なんだそれ」

「いいじゃん」

「じゃあ、すぐムキになるところ」

「そんなことないよ!!」

「ほらね」

「……」

「もうないの?10秒経つよ?9、8、7…」

「……はいっ!家事を手伝ってくれるところ」

「すぐに、私のこと好き?って聞いてくるところ」

「そんなに聞かないでしょ?」

「しょっちゅうだよ」

「そうかな?」

「うん。ほら、10、9、8、7、6、5…」

「待って、待って。えっーと…」

「4、3、2、1…」

「はい!はいっ!私のこと全部好きって言ってくれるところ」

「へえー。じゃあ、全部好き、って言っていいってこと?」

「……なんか、納得できない…」

「自分で言ったんだろ?」

「そうだけど、なんか、腑に落ちない…」

「そう?」

「あっ、10秒経った!私の勝ちー!」

「ほら、すぐムキになる」

「いいの!私の勝ち!」

「はいはい。じゃあ皿洗いしてくるわ」

彼はソファから立ち上がり、キッチンへと向かった。

「そういうところ、好き」

私は彼の背中に向けて言う。

「…ひとつだけいい?」

彼の口調が変わった気がした。

「…なに?」

さすがに怒っているかもしれない。そう思うと、声が小さくなった。

「DVDの続き、観たい」

スポンジに洗剤をつけながら、彼は言う。

「いいよ」

私は声のボリュームを増して、返事をする。

「じゃあ、皿洗い終わったら一緒に観よう」

彼はリズミカルに食器を鳴らす。
 
「うん!」

全部好き、は信用できない。

でも今だけは信用することにした。


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