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難聴児が生まれてから3年間に起こったこと

難聴児の90%は健聴の親から生まれます。
そうすると親として全く知らない世界に飛び込むということになり、通常の子育ての大変さもプラスされ不安になることがあります。
今回は少しでも新しい家族の参考になればと思い、我が家が体験したことをざっくり書いていきたいと思います。

【始まり】新生児聴覚スクリーニング検査に引っかかる

新生児聴覚スクリーニング検査を受ける場合は生後2〜3日の間に実施されるようです。うちの場合は1度目で引っかかり、さらに再検査でも引っかかりましたので病院を退院後に精密検査をするように言われました。

【1ヶ月】大きい病院で精密検査する

これ以降は1-3-6ルールという3ヶ月までに診断を受け6ヶ月までに補聴器装用を始めるという考えに基づいて動いていきます。
まず生後1ヶ月で精密検査を受けるため大きい病院へ行きました。
そこからしばらくは頻繁に通い検査をすることになります。
検査の内容は自動ABR、遺伝子検査、MRIでした。
自動ABRは心電図をとるときみたいなパッドをペタペタ貼るだけですので子供の負担はありません。
ただ遺伝子検査は採血で大泣き、MRIは睡眠薬を使って眠った状態でやりましたので、そういった子供の身体的な負担が心苦しかったです。
この初期の検査ラッシュから補聴器装用までが慌ただしく山場になると思います。

【3ヶ月】療育開始

検査がある程度進んだところで、診断はまだでも難聴自体はほぼほぼ確定という状態になります。
うちの場合は3ヶ月ちょっと前に療育に通い始めることになりました。
生後3ヶ月ですから子供は適当にゴロゴロしているだけです。
療育は基本的には親が学ぶ場でそれは3歳になった今も変わりません。
あとは先輩家族が元気に過ごしている姿を見て、少し先の様子がわかるのもいい経験でした。
とは言ってもハイハイしてバブバブ言ってるくらいだったので補聴器を付けてても普通の赤ちゃんだなぁということを感じたくらいですね。

【〜半年】診断そして補聴器装用開始

1-3-6ルールに基づいて、3ヶ月目には診断を受けることになりました。
診断は中等度難聴でした。
感音性か伝音性かはまだ不明、遺伝子検査の結果も原因不明でした。
このあたりで耳の型取りをして6ヶ月までに補聴器装用を開始しました。
その頃喃語が出始めていましたが、補聴器を付けると表情が明るくなり今までにない勢いで喃語を話し始めたのを覚えています。
翌日以降は特別な変化はありませんでしたが、現在まで補聴器を嫌がることなく毎日付けられているのは早期に装用を開始できたおかげだと思っています。
診断が終わっても先生と言語聴覚士さんにはこの後もお世話になっていきます。

【1歳】保育園入園&言葉が出始める

保育園が難聴児を受け入れるかどうかは保育園毎に対応が違うようです。
うちはすんなりと受け入れてもらいましたが、相談の上いくつかのルールを作りました。
集団生活の中で決して起こってはいけないのは補聴器からボタン電池が脱落することです。
チャイルドロックが付いていて簡単に電池が落ちないことを前提に、登園前後にも補聴器のチェックをしています。
さらにもし電池が切れた場合はその日は補聴器を外して過ごす(園で電池ボックスを開けない)ことにしています。
この辺りの対応は園によって変わってくると思います。
ちなみに今まで電池が脱落したことはありません。

1歳の前半くらいには少しずつ言葉が出始めました。
特に大きく発語が遅れることはなかったので、補聴器の効果+もともと発語が早めのタイプだったのではと思っています。

【2歳】実は聞こえているんじゃないか説

2歳台は正直大きな出来事はありません。
検査や療育、園での生活も落ち着き、あとは子供の成長を見守るような形になりました。
この時期は一言でいうと、周りの人の障害受容の期間になるのかなと思います。
この頃はなんやかやと喋るし、呼びかけにも反応するようになりました。
しかし同時に喋らなくても反応しなくても許される年齢でもあり、周りの人からすると普通の幼児と変わらないように見えます。
すると周りの人に「聞こえてると思う」とか「別に普通じゃない?」みたいなことを言われたりします。
親としても聴力検査の結果は毎回気になるところで、なるべく良い結果に収束して欲しいと思っているところです。(幼児は聴力検査の結果がまだ安定しないためブレがあります)
補聴器付けていたら結構聞こえているんじゃないかと思う一方で、補聴器を付けていてもいかに聞こえてないかを説明する、そういう期間だったかなと思います。

【3歳】難聴が当たり前に

3歳くらいになると本人も「なに?」とか「聞こえな〜い」と言うようになります。
するとやっぱり聞こえにくいということは周りにも伝わり、障害に対する受容と理解が進んだと思います。
難聴の療育としては安定してきており、現在は難聴のことよりトイトレの方が100倍大変だと思っています。
次の心配としては小学校入学ですが、今まで子供達の違いを受け入れる力に驚くことが多く、そのあたりの心配はあまりしなくてもいいように思います。
学校側とも相談していくことになりますが、昨今のインクルーシブ教育の流れもありそれも大丈夫じゃないかという感じがしています。

3歳までの流れを振り返る

以上が私が経験した難聴児の医療と療育の流れです。
まとめてみると
0歳台は検査と診断、補聴器の装用開始などなど初めての経験を多くする期間。
1歳台は親が勉強し療育や補聴器に完全に慣れていく期間。
2歳台は親が障害の理解と受容をした結果、周りとの差が生まれる期間。
こんな感じかなと思います。
やっぱり0歳台がダントツで大変であり大切でもあったと思います。

【番外編①】1-3-6ルールとつらい体験談

難聴ということがわかってくるといろんな冊子やら本やら、または直接先輩ママから体験談を見聞きすることがあります。
そこに書いてあるのは基本的につらい体験談です。
もちろん参考になる部分はあるわけですが、同時に考えないといけないのは日本での難聴に関する医療はまだまだ発展途上だということです。
飲めば治る薬があるわけではなく、ものすごく画期的な療育方法があるわけでもありません。
現在の難聴に対する医療行為でもっとも効果があるものは、早期の補聴器装用と人工内耳手術です。
早期に難聴を発見する新生児聴覚スクリーニング検査はまだ任意の検査ですが、10年前は実施できる病院も今より少ない状態でした。
1-3-6ルールも今広めている最中であり、人工内耳手術も今まさに手術率が上がってきているところです。
つまり古い体験談は現在と大きく状況が違う可能性があります。
おそらく体験談の全体的な印象よりもすんなりと言葉が出て療育が進んでいくと思います。
そうでなければ新生児聴覚スクリーニング検査・1-3-6ルール・人工内耳手術の実施を推し進めている意味がありません。
軽度なら軽度、中等度なら中等度の話を参考にするのは当然ですが、1-3-6ルールで補聴器を早期に付けた場合は同じ1-3-6ルールで難聴児を育てた方の体験談を参考にして下さい。
その上で個人差がありますが、全然違う条件よりも参考になると思います。
私の個人的な意見としては、0歳台の母親のメンタルが安定していることは早期の補聴器装用と人工内耳手術の次に難聴に対してプラスの影響を与えると考えます。体験談ごとの状況を確認して必要以上に心配することを避けてほしいと思います。
一方で小学生以降の人との関わり合いや社会との関わり合いの部分では、10年で差別意識が大きく変わったとの思えませんので、このあたりを語ってくれている体験談というは非常に参考になるのではと思っています。

【番外編②】障害者手帳とインクルーシブ教育

聴覚障害というのは6級から2級までありますが、中等度難聴は基本的にどこにも該当しません

https://www.seijo-hochoki.co.jp/select-hearing-aid/subsidy-welfare-system/disability-welfare-law/

難聴という障害はあるのですが障害者手帳は発行されず、何か保障を受けられるわけではありません。
もちろん自治体によっては補聴器の購入に助成がありますし、幼児期に専門の病院で診察を受けられるのは大変ありがたいことです。
しかしある程度の年齢でそれもなくなり、あとは一般の大人として活躍することが制度的にも可能とされているわけです。
そうするとどこから一般の学校に入っていくのかということになりますが、
私としては可能なら小学校から一般の学校に入るのがいいのではないかと思っています。
もちろんこれも個人差がありますし、正解はないと思います。
いろいろなことを考慮して判断しないといけませんが、制度として障害者に認定されないということもインテグレーションを考える一つの材料になるということはあまり想像されない部分だと思います。

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