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妊娠とスポーツと、


引退と結婚と妊娠と

私は過去に会社で陸上部に所属していました、いわゆる実業団ランナーだったわけですが実業団ランナーと名乗れるほどのものではなく、ただいただけで大した成績もなくあっけなく辞めました。
というのも、陸上のことは好きだったけれどそれ以上に結婚と出産をしたいという思いの方が強く、私のいた時代には結婚=引退が当たり前だったので結婚を選択しました。結果もだしていない22歳で。
なんでそんなにも結婚出産を望んだかというと自分の母親が22歳で私を産んでいたこともあり、若いママが小さな頃の私にはとても自慢でした。
みんなに美和子ちゃんのママ若いよねって言われることがいつも嬉しくて。だから私も若いママに憧れていたのです。それは、小さい頃書いた夢、オリンピックに出たい!っていうのより優ったんですね…。そのときは。

そして、22歳で結婚、23歳で妊娠、24歳で出産をしました。旦那にはとんでもなく失礼ですが、とにかく私は早く結婚がして早く子どもを産みたかった笑 周りの意見も聞かず、押し切る形で全てを叶えた22から24歳でした。

1人目の妊娠

結婚をし、すんなりと妊娠することができ、若いからなのか、引退したばかりでまだ体力があったからなのかはわかりませんが妊娠から出産に至るまで何一つ’’苦’’に思うことはありませんでした。本当に何一つ。
その時は結婚も出産も私の全てであったのでただただ幸せの中にいたからかもしれませんが…
妊娠中につわりなんてものはなく(強いていうなら食べつわりというか、とにかくお腹が空きまくっていた)体調の変化もなく、味覚や嗅覚にも異常なし、好みの変化やあれ食べたいこれ食べれないもなし、痛みや出血もゼロ、仕事も競技もしていなかったので何かを気にすることもなし、何かを我慢することもなし、ただただ快適な妊娠ライフを楽しんでました。
予定日より10日早く産まれてきたこともあり、余裕こいていたので出産1週間前にはディズニーシー遊び行ってたし、前日はしゃぶしゃぶ食べ放題していたし、普通に生活ができてました。

でも…168cmの身長に対して48kgと体重は身長に対してすこし低かったこともあってなのか、産院が特に体重にうるさい産院でもなかったので私自身も増えることを全く気にしておらず
みるみる体重は増えていき最終健診時には+20kgまで増えました☺️出産直前は浮腫もすごく、押しては戻らぬ粘土のような皮膚だったので妊娠高血圧症候群気味だったのではないかと思います。
それでも、陣痛からお産までも数時間もかからず、かなりスムーズで妊娠同様に出産でもすんなり産まれてきました。産むときに痛みはあったと思うけど、忘れたくらい出産も全然''苦''ではなかったです。
出産後に後陣痛なんてものがあるのを知らなかったので、そっちのほうが辛かったかな。
看護師の皆様にも、本当に初産?って言われる出産後もくらいあっけらかんとしてました😊あんだけ増えた体重も、何もせずとも産後1ヶ月半で23−5kgほど減って妊娠前より痩せました。
だから私にとって妊娠から出産、その後までネガティブな思いはなにもなくでした。

さて、時は経ち

1人目の息子🐻が産まれ、あっというまに10年。
10年という時のあいだには本当にいろんなことがあり
仕事も始め、陸上競技引退からご縁があって8年というブランクがありながらもトライアスロンへ転向し競技へ復帰。あっというまに、私も30歳を過ぎてました。2人目のことを考えたことはなかったわけじゃないし、周りの友人よりもはやく1人目を出産してるわりにあとで1人目を産んだ友人たちは2人目、3人目と産んでいることに羨ましくも妬ましくも思ったこともあったし、欲しいなとぼんやり思ってはいましたが、
自営で仕事を始めたこともあり妊娠から育児までを考えるとタイミングも踏み出せず、環境やいろんなことが恵まれなかったりで、ついでに競技復帰までしてしまいで2人目という現実味は薄く薄く薄く〜10年が経つのでありました。

と言いつつも、

34歳直前、1人目出産から10年経ちこの度2人目を妊娠しました!
競技をはじめて、大まかな部分は変わらずとも仕事が変わり、そこへ向ける姿勢が変わり、意識が変わり、環境が変わり、いろんなことを考えるようになってぱやぱや生きてきた、流れるままに生きてきた自分だけど自分の将来を考えたときにパートナーとずっと一緒にいられるとは限らない、
そしてそれが死別なのか、喧嘩別れなのか、円満なのか、不和なのかはわからないけど、22歳のときにはとにかく子どもがほしいという気持ちだけで産んだけどふたりのあいだの子を産みたいという思い、子どもは親の所有物ではないので自立していくけれど、心の拠り所が欲しい、息子ともう1人をこの手で見て、育てたい、と考えるようになりました。

そう思ってから本当に心から心の底から子どもがほしいと願いましたが・・・そうは言っても、子どもが欲しい!と思いながらも競技復帰してまだ成績をあげれてない、また中途半端になってしまうという思いと、でもそんなこと言ってたら年齢が…と仕事もあるしな…と、様々な葛藤が入り混じってました。
だけど、妊娠できたことがわかったときは涙がでるほど嬉しかったのは確かです。半分…いやほぼ諦めてたことだけどもう1人産めるんだ、と心底嬉しかったです。

思いもよらない思い、

(ここからちょっとダークになります)
大袈裟ではなくもう1人、というのは夢のような話だったのではじめは本当妊娠できたことにただただ喜びでいっぱいでした。エコーで胎嚢を確認し、心拍を確認し、成長を確認できるたびに本当に子どもができたのだと、涙が溢れるくらいに嬉しかったです。
だけど、時間が経つにつれ1人目のときとは自分の置かれている環境が違うのでいろんなことへの制限や我慢がかかってくることにとまどいを感じ始めます。そんなこと言ったって仕方のないことだ、と心の中ではわかっているつもりなのに
常に置いてきぼり感。常に孤独感。私は必要のない存在なのでは、と思うようになる毎日。妊娠したことで今はあるものは崩れ、なくなり、いろんなことが変わっていくのではないかという不安感、子をお腹に抱え、またひとり産まれようとしているのだから変わることなんて当たり前なのに。
今までのままでも十分幸せなに過ごせていたんじゃないかと、なんで我慢しなきゃならないのだと。
そんなふうに身勝手な思いを抱く、あれだけ望んだ妊娠なのになんでこんなこと思っているのだろうと自分に対しての不信感のつのり。自分の気持ちがよくわからない。妊娠中にこんな思いを抱えて、産まれたらもっと自分の時間や思いはかき消されるのに今こんなんで大丈夫なのかと。

もちろん産まれてくることはすごく楽しみだし、息子がどんな風に関わってくれるのかなとかどんな子が産まれてくるのかなとかポジティブな思いもたくさんあるけど同等くらいに得体の知れない寂しさと不安を感じネガティブな思いを抱えるとは思ってもいなかったのです。1人目のときのように、ただ喜びの中だけにいれることと思ってました。

1人目のときにはなかったけど、今回産む病院でバースプランを書きましょう。と言われましたが、とても書ける気はしません。不安からか毎日のように悪夢で寝つけません。

こんなにも違うものなのか、と

前項でも書いたように、1人目の妊娠から出産までなんの苦も知らず、制限した思いも我慢した思いもせずに過ごすことができました。何も考えてなかったっていうかなんでもへっちゃらでしょう!と怖いもの知らずのところもあったのかもしれないけど。1人目と2人目でこんなにも違うものなのか、と感じている今回の妊娠。

まず妊娠に気づき始めた頃からの体調の異変、そしてつわり。お腹が空くとえずくし、かといってなんでもかんでも食べれるわけではない。吐き気は常にまとわりつき、歯磨きは歯ブラシを口に入れるだけでえずくので辛かった。コーヒーが大好きで、いつでもガブガブ飲んでいたコーヒーも受け付けなくなり、大好きなパイナップルも食べる気が起きない、食の好みの変化が大きく起こりました。このつわりは17週まで続き、17週を過ぎたあたりでようやく落ち着いてきました。
吐き気は無くなったし、コーヒーもまた飲みたくなったし、歯磨きもしっかりとできるようになり、あれなら食べれるこれは食べたくないの食のこだわりも消えました。頭痛や吐き気、倦怠感、だるさで必要な時以外は横になっていないとキツかったのも今は比較的通常通りに動けるようにもなりました。

初期の頃には出血も多く検診で心拍が動いているのを毎回確認するまでの不安が大きかったです。
また、つわりが落ち着く頃からの体重増加にもとても敏感に。食べるものを考えれたり、食べるのを我慢したり。いままであんまり食事制限をしたりしてこなかったので体重を気にしなきゃいけないのが、というか気にしているのにドーンと増える体重に恐れを抱いてます😂

そして何よりもメンタルの不安定さ。制限や我慢がかかる中で自分ができないこと、入り込めないことが増えて、通常に動いていくまわりの環境へのネガティブな思い。寂しさや苦しみ、哀しみもだけどちょっとしたことでイライラの度合いが増すことも。ちょっとしたことで振り幅が切れる感じ。大きくネガティブに傾くことが多くて、本当に今いることが辛いまでメンタル不安定極まりない状態まで陥りました。(今は少し楽)

20代前半での妊娠、そして今度は30代中盤になり周りからは心配される状況。そんなこと大丈夫だよ・・・とは思ってもやっぱり34歳という年齢は引っ掛かるものなんですかね。

制限だ、我慢だと言ってもここまでに山登りもしたし海外にも行ったしトライアスロンのレースにも出たし自分の時間もあってやりたいことやってるんですけどね・・・
産まれたらこれ以上に動けないだろうと思うとそこも不安になる。仕方ないけど、仕方ないけど。
そしてその時にならなきゃどうなるかなんてわからないけど。

思うことは、

体にも心にも変化のおとずれる妊娠。妊娠し、出産し復帰すると言ってもやはり中断せざる得ない期間が出てくるというのは男女の差であると思います。喜びと引き換えに制限、我慢、諦めなければいけないことが出てくるのです。自分の意思で妊娠したのだからそんなの当たり前、母親がそんなこと思うな、という批判はまず置いときます。

妊娠中だけでなく、それは出産後に周りの協力があったとしてもきっと諦めなきゃいけないことというのは出てくるでしょう。私は幸いにも両実家から離れてはいるものの恵まれた環境にあるので、育児に関して協力も援助も受けることができ人に比べれば自由に過ごせる時間というのも十分にあることかもしれません。

でも、全ての女性に当てはまるわけではなく、あくまでも私の思いですがいくら出産後に復帰する意思があるとはいえスポーツにしても仕事にしても同じように継続して行うということは難しいことだと思いました。体にも心にも変化のないなかで父親である、という男性には男性で環境や生活の変化への対応しなければならないことがあるのでしょうが、その部分だけでいえばその苦労というものは女性だけが背負うものなんだな、と。男女の差を非難をしてるわけではないし、母であること、女性であることを憂いているわけでもないです。

女性にしかわかり得ないこと、女性同士だとしても今回のように1人目と2人目というだけで全く違う妊娠ライフ。だから、人それぞれに違うのでその人にしかわかり得ないこと、いろんなことがあるものだと改めて感じている妊娠です。



一番ひどい時に比べれば少し気持ちは落ち着いたようにも感じるし、感情の波というものかもしれませんが出産した後にこの記事を読んで「あ〜病んでんなぁ、めっちゃ病んでんなぁ、わがまま言ってんなぁ」ってくらいに他人事にフッと苦笑いしながら読んでいることを期待したいです。


最後にもう一度、

私はこの妊娠を望んでいたし、生まれてくるのが楽しみです。後悔してるわけでもなんでもないです。エコーをみるたび、胎動を感じるたびに喜び嬉しさはあります。不安はついてまとうけど、お腹の子にはやく会いたい。

なので、まずは無事に産まれてきますように。

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