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ネガティブクレームに対するCAFC判決

久しぶりにCAFC判決の紹介です(ずっと書きたかったのですが、なかなかまとまった時間が取れず…ほかにも2、3件書きたいCAFC判決があるのですが、いつになるやら。気長にお待ちいただければ幸いです)。

本日ご紹介したいのは、1月3日に判決の出されたNovartis Pharmaceuticals Corp. v. Accord Healthcare, Inc., 21F.4th 1362 (Fed. Cir. 2022)です。

【争点:Issues】

Negative Limitation(除く特徴)がサポート要件を具備するか(Section 112(a): Written Description Requirement)

【概要:Summary】

Negative Limitation、日本では「除く特徴」などと表現されることもありますが、「ある特徴がない」という点に対するサポート要件が争われたのが本ケースです。
より嚙み砕くと、従来「ある」とされていた特徴が省かれた、ということを特徴としてクレームする場合に、「明細書に記載がないからサポートされている(書いていない、というのはその特徴が省かれていることの証明だ)」という主張が通るのか、という争いです。実に興味深い主張だと思います。

本件では、Novatis社がAccord Healthcare(HEC)社に対し、自社特許(USP 9,187,405)の侵害訴訟を提起しました。これに対しHEC社は、当該特許のクレーム1に記載された “absent an immediately preceding loading dose regimen(直前の負荷投与レジメンがない)”という特徴はサポートがなく権利無効であるとの反論をしました。

地裁は当該特許を有効と判断したため、HEC社が上訴し、本件はCAFCで争われることになりました。

【規範:Rules】

本判決の根拠となった規範の代表的なものは以下の通りです。
(1)新たな特徴がクレームに追加されたとしても、当業者が明細書を読んで当該特徴が明細書の記載を反映したものだと認識できる限り、明細書において明示的な記載がなくともそれは致命的なものではない(Eiselstein v. Frank)。
(2)Negative Limitationに関し、明細書にクレームの文言通りの記載がないという事実だけでは、一見したサポート要件不備(prima facie case for lack of descriptive support)とはいえない(MPEP 2173.05(i))。
(3)新たに追加された特徴は、明細書における明示的(express)、黙示的(implicit)、または内包的(inherent)な記載によってサポートされる(MPEP 2163)。

【CAFCの判断:Rationales】

 CAFCは、以下の理由から本件特許を有効と判断しました。

● 負荷投与が、通常の投与よりも高負荷の投与であるこであること、通常、負荷投与は初期投与として行われること、負荷投与は業界で周知であること、につき両当事者間に争いはない。
● 本明細書では、対象薬剤(フィンゴリモド塩酸塩)を実験動物および将来的な臨床試験に使用することを明記するが、いずれの場合も負荷投与レジメンを行う旨の記載がない。
● Novartis社の専門家による「当業者であれば、本件特許には当業者がクレーム発明を実施するために必要な情報の全てが完全な形で記載されていると判断するだろう」、「当業者の視点から考えて、将来的な臨床試験において負荷投与を含むのであれば、その旨を明確に記載するはずである」という証言は妥当である。

➡ 当該Negative Limitationは、本件明細書において黙示的・内包的にサポートされている。

【考察:Takeaway】

結論としては、特許権者にとっては良かったかと思います。ただ、サポートがimplicitやinherentである、というのは心許ないですし、どうしても争いのタネになりやすいので、できるだけそういう場面は避けておきたい、というのが出願人側の意向になるかと思います。実際、特許出願時に想定していたポイント(特徴)とは異なる特徴を審査段階で追加するということは珍しくありません。審査過程までは確認していませんが、今回のNegative claimもそのケースだったのだと思います。こういった場合、出願時には重要視していなかったであろう特徴になるため、明細書において「当該特徴が省略される」という記載を積極的に書いていないことも十分あり得ます。これは、明細書作成前の発明者面談で見落としがちな点ともいえます。発明者は、自分の発明をピンポイントで把握していることが多いので、その他の部分については(特徴になり得るのに)意識していない、という場面が少なからずあります。弁理士としては、そういった部分も含めて発明を把握し、明細書に盛り込もうという意識が重要なのですが、自分の知識が十分でなかったり、発明者に対するヒアリングが受動的になり過ぎると本件のような問題につながるおそれがあるように思います。

よく言われる話ではありますが、常に「なぜ」そうなるのか、という意識を持ち続けることの大切さを再認識させてくれる事件だと思いました。

(おまけ)
この判例を読む前にのことでしたが、私がつい最近担当した案件の審査官インタビューでimplicit, inherentなサポートがある、といってみましたが、結構渋られました。最初は、expressなサポートがあるべきだとまでいわれて一蹴されかけました(最終的には認めてもらえましたが…)。正直、そこでつまずくとは思っていなかったので、大分時間を無駄にしてしまいました(アメリカの審査官インタビューは原則30分と決まっているので、一番主張したポイント以外はできるだけ手短に済ませる必要があります)。
判例があるとしても、全審査官が共通の認識でいるわけではない、というよい事例かな、と思います。やはり、出願人側としては、この判決で安心せず、むしろ反省材料として今後の実務に活かしていくべきだと感じました。

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