見出し画像

記述要件に関する最近のCAFC判決

はじめに

今年の11月末に、2件続けて記述要件(Written Description Requirement)に関するCAFC判決があったので、ちょっとご紹介したいと思います。

記述要件とは(米国特許法第112条(a))

記述要件とは、明細書の記載に関する要件のうちの1つで、発明の内容を正確に記載することを求めるものであり、明細書に記載されていない発明を権利範囲として主張してはいけない、という要件です(日本ではサポート要件とも呼ばれます)。
要件に対する具体的な取扱いについては、審査基準をご覧ください(MPEP 2163
因みに、他の記述要件として実施可能要件(Enablement Requirement)ベストモード要件(Best Mode Requirement)があります。実施可能要件は、当業者が当該発明の内容を理解できる程度の詳しさで明細書を書きなさいというもので、ベストモード要件は、発明者がベストだと思う実施形態を隠さずに開示しなさい、というものです。

Biogen Int’l GMBH v. Mylan Pharma Inc.

1件目は11月30日の判決になります。

本件で問題となった特許8,399,514号は「フマル酸ジメチル薬(DMF)を用いた多発性硬化症(MS)の治療法」に関する発明になります。
本発明の詳しい説明は省略しますが、本件では、クレーム1に記載された「フマル酸ジメチルの有効量(投与量)は1日当たり約480mg」という特徴が記述要件を満たしているか否かが問題となりました。

なお、記述要件は、明細書の記載により、発明者が出願日に当該発明を所有していたことを当業者に合理的な明確さで伝えられる場合にのみ認められるとされています(Nuvo Pharms. v. Dr. Reddy's Labs.)。

本件において、特許権者は先にした仮出願の優先権を主張していますが、仮出願の明細書では、DMFをMSなどの種々の神経系の病状に使用することが記載されていたものの、1日当たりの投与量を480mgとすることは一切言及されていませんでした。
また、本件特許の出願明細書中では、1日当たり480mgという記載は1度しかなく、その投与がMSの治療のため、ということは明確に記載されていませんでした(少なくとも、その段落中には治療対象が特定されていない)。
また、明細書における記載は、「有効な投与量は・・・1日当たり0.1g~1g、200mg~約800mg(例えば、240mg~約720mg、約480mg~約720mg、または約720mg)とすることができる。」というものであり、明細書では、むしろ720mgの場合が有効であるという説明であったこと、発明者の一人が、明細書の記載内容は臨床用の投与を想定させるものではなく、そもそもDMFを臨床用に投与することを想定した研究ではなかったと証言したことから、CAFCは、本件特許は記述要件を具備しておらず無効であると判断しました。

以下、個人の感想です
判決文をざっくりと斜め読みしただけですが、いくつか疑問に思うところもあります。例えば、DMFの投与が”MSの治療のため”と記載されていない、という判断ですが、発明の名称が「MSの治療法」であり、明細書の冒頭でもMSの治療を対象としていることが記載されていることを考えると、明細書に記載されている内容は、特に断りがない限りMSの治療を目的としたものだと考える方が合理的である気がします。
また、反対意見とも関連しますが、特許の有効性と薬としての有効性(FDAによる新薬承認のための効果等)は全く異なります。したがって、薬効が全くない、というのであればともかく、単に臨床的な視点でみて効果が不十分、というだけであれば、特許としての有効性には影響を与えるべきではなく、薬効が十分に記載されていないから特許としての記述要件を満たしていない、という(ような)判断には違和感があります。2つの「効果」を混同しているように感じがします。
一方で、ある範囲(今回であれば480~720mg)でパラメータを特定している場合に、その臨界値(上記例では480mgまたは720mg)を発明として抽出するには根拠が必要かな、という気はします。特に、本件は複数パラメータの範囲を列挙した中で、最終的には「または720mg」とまとめているので、480mgよりも720mgの方が本命だろう、という推測が働きます。あえて480mgを抽出するのであればその根拠が欲しい気がします。特に薬の発明の場合、投与量で効果が大きく異なるだけでなく、ある点を基準に効果がなくなったりマイナスな効果が出る可能性もあるので、そういった特殊性も判決に影響を及ぼしたのかも知れません。
なお、今回の権利範囲が仮に480mg~720mg、という記載(=明細書通りの記載)だったらどうなるのか?という疑問もありますが、今回のCAFCの考え方からいくと、おそらくその場合もアウトなのでしょう。範囲をもって権利を主張するのであれば、少なくとも最小値と最大値における効果が記述されている必要があり、本件特許で記述要件を満たしているのは720mgだけと判断したように思えます。

Indivior UK Ltd. v. Dr. Reddy’s Labs.

2件目は11月24日の判決です。

本件で対象となった特許9,687,454号は継続出願によるものですが、基礎となった親出願(US 12/537,571)の明細書にサポートがあるかが問題となりました。

こちらも発明の詳しい説明は省略しますが、本件では、クレーム1の「約40重量%~約60重量%の水溶性高分子マトリックス」という特徴(および、この数値範囲をさらに限定した従属クレームの特徴)が記述要件を満たしているか否かが問題となりました。

特許権者Indivior UKは、親出願の明細書に記載されている表を使って適宜計算をすればクレームされるパラメータが導き出せるとして記述要件具備を主張しました。

これに対しCAFCは、親出願の表からパラメータを導出できることは認めたものの、当該表のみではクレームに対するサポートとして不十分であると判断しました。
その理由としてCAFCは、親出願の明細書には、“約48.2重量%“の水溶性高分子マトリックス(クレーム8に相当)については明確な開示があるが、その他のクレームに記載された具体的な数値範囲についてはサポートがないという点を挙げています。

結果、本件特許のクレーム1といくつかの従属クレームは親出願の優先権の利益を享受しないと認定され、そのために親出願自体が引用例となって新規性違反に当たると判断されました(親出願の開示通りに”48.2重量%”の水溶性高分子マトリックスをクレームしたクレーム8のみ新規性が認められました)。

以下、個人の感想です
本件では、「優先権の利益を享受できる範囲」を判断する上で記述要件を満たすかが問題となりました。即ち、継続出願自体は記述要件を満たしており、継続出願単独でみれば記述要件違反は問題となっていません。
しかし、継続出願(日本でいう国内優先権出願に近いイメージです)の場合、継続出願のクレームと親出願の明細書との関係で記述要件を具備しなければ、親出願自体が先行文献となって継続出願を潰してしまうおそれがある、という点に注意が必要です。このような問題は、継続出願で親出願よりもより広い権利範囲を主張しようとしたときに起こり得る問題だと思います(継続出願で権利範囲をより限定するのであれば、親出願が先行文献になっても生き残れる可能性がある)。
継続出願をする場合は、ぜひ本件判決の内容に留意して出願計画を立てていただければと思います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?