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【助け合うこと 伝えること】おとなになるのがたのしみなおがになるために vol.4


2025年4月、保育所型認定こども園「船越こども園」の新設が予定されています。この連載は、設計を手がける建築家の三浦丈典さんが男鹿の人・もの・暮らしとのであいを通して「未来の男鹿にどうあってほしいか」をテーマに市民の今の願い、思い、小さな声を集めた記録です。(全6回/隔月連載)

夫の故郷である男鹿市に移住し、2020年10月から男鹿市地域おこし協力隊に着任した佐々木里保さん。協力隊の活動や初めての出産・育児を通して、地域に必要なことと自分にできることの接点が見えてきたといいます。

登壇者
●男鹿市地域おこし協力隊 佐々木 里保
●株式会社スターパイロッツ 三浦 丈典
於/Zoom(2023年2月取材)



助け合えるママ友との出会いが子育ての支えに


三浦 人生の中での一大イベントでもある出産を終え、今は子育てのお忙しい毎日だと思います。僕も2人の娘がいて、出産から幼少期の間っていうのは本当に家族の激動の時期だったので、なんとなく想像がつくんですけど、まず今、率直に、どんな日々を過ごされていますか?

佐々木 そうですね、これまで育休をとっていて、ちょうど先月(2023年1月)仕事に復帰したんです。働き始めてからは仕事と育児の両立が本当に大変で、1ヶ月経ってやっと慣れたかなと思える余裕が出てきました。仕事復帰して間もないときは、自分のご飯を作る時間すら捻出できずに、仕事中に食べるお昼ご飯だけの一日一食の生活になってしまって。

三浦 子育てとか出産っていうのは、自分ひとりでコントロールできない状況に次々に直面して、人の手に頼らざる得ない状況になると思うんですよ。お子さんを出産してから1年が経って、子育てを経験してみて、何か大変なこととか、それが和らいできたな、というような感覚ってありますか?

佐々木 はじめは初めての子育てっていうだけで辛いのに、自分の親や友だちが近くにいない状態で、里帰り出産も選んでないですし、出産したのがコロナ禍の中というのもあって親も男鹿には来られない状態だったので、厳しい出だしでした。大変だったことを挙げるとキリがないんですけど、こどもの成長とともに少しずつ外出できるようになって気が楽になったのを覚えています。

三浦 それはいつくらい?

佐々木 こどもが8ヶ月くらいのときですね。その頃から何があったかというと、毎週木曜日に男鹿市の地域子育て支援センターでやっているわくわくひろばという未就学児の親子を対象にした場所に初めて行ったんです。そこで、仲良くしてくれるママ友に出会ったんですね。今から思うとそれがなかったら私の育休はあんなに楽しくなかったなと思います。そこから交友関係が広がって、最終的には「わくわくひろば」に毎週来る人たちとすごく仲良くなりました。その広場がオープンしているのは週に1日なので、それ以外の日は誰かママ友の家に行って遊ぶことがすごくリフレッシュになってますね。
そこで出会ったママ友は全員「移住者」という共通点があったんですよ

三浦 へえ~! 何人くらいいらっしゃるんですか?

佐々木 6人くらいですかね。
未就学児の会なので保育園にも行っていない子のママたちで、出身地とか年齢はバラバラなんです。なぜか気づいたら移住者ばっかりでした。でも、移住者だからこそ子育てがどうしても〝孤育て〟になりがちだったことも手伝ってかえって結束が高まったというか。初日から「どこから来たの?」って聞かれて、「東京から2年前に来て」って話したらすぐ連絡先交換しよう、って言ってくれて。「待ってましたー!」って思いました。(笑)

三浦 そういう知り合いも家族も近くにいないという大変な状況でこそ、人間は初めて地域のコミュニティを必要とするんでしょうね。

佐々木 本当にそう思います。もしかしたら地元の東京で子育てをしていたらここまで大切に思えるママ友に出会えていなかったかも、って思いますね。
でも、なかなか男鹿のママとは話す機会が少ないので、時間はかかると思うんですけど、接点を作ることができればもっと支え合いが広がると思っています。だから、自然な力で接点を作りたいと思うんですよね。そのハブになりたい!

三浦 公園のようないろんな人が集まる場所に行くと、自分のこどもが他の子のおもちゃを取っちゃうとか、知らない子と同じ遊具で遊ぶとか、そんな些細なきっかけで、こども同士が仲良くなって、自然とママたちも仲良くなるなんてことがよくありますよね。だからやっぱり一つの場所で共に過ごすっていうのは大事なんでしょうねぇ。


助け合いの循環をつくる


三浦 例えば、歳をとるとちょっとした段差で転ぶとか、文字が見づらくなって看板が大きくないと困るとか、そこで初めてストレスを感じるんですけど、歳をとるまではなかなかそういう状況を想像できなかったりするじゃないですか。
子育ても同じだと思っていて、振り返ると僕も、こどもが産まれてこども中心の生活になると今まで気づかなかった“これ使いづらいな”とか“これもっとこうしてほしいな”っていう世の中への不満や改善点が目につくようになって、でもそれってメモしておかないと1,2年経つと忘れちゃうんですよね。
そういう「経験による新しい気付き」が新しいアイデアを生み出したり、僕の場合は建築の仕事にも活きてきたりするんですけど、佐々木さんは、男鹿で子育てしていて、このまちっていいよなとか、ここが困るなあって思うことはありますか?

佐々木 いいところは、やっぱり自然ですね。自然に触れられる環境が身近にあるので。私は東京のコンクリートジャングルで育ったので、ここで育つ人を羨ましく思います。四季が目で見て分かるし、食べ物でも感じるし、その体験が豊かな感性につながっていくと思うんですよね。

三浦 うんうん。この前ババヘラアイスのお母さんたちと話したときに、むしろ最近は田舎のこどものほうが小学校も合併の関係で遠くにあるので、車の送り迎えが当たり前になって、ドアトゥドアになっちゃって外で遊ばないのよね、っていう話を聞いたんですけど、佐々木さんみたいなやっぱり自然はいいよなっていうママたちはそれを積極的に楽しもうと思っているんですね。では困ったこと、困っていることはありますか?

佐々木 私は実際に子育てをしていてもう少し子育て支援とか産後支援の情報発信を行政がやるべきだと思って、それがきっかけで協力隊の業務として男鹿市の子育て関係の情報発信にも関わることになりました。自分が子育てしていく上でもいい世界になってほしいし、自分よりも支援が必要なママがいる。出生率が下がっているのに反比例して支援が必要なママが増えているっていう状況を見て、もっと支援を届けることが必要だと思っています。子育ては、当たり前ですが一人ではできないし、きっと助け合いが必要なことなので。だから子育てをして初めて人が助け合って生きている構造に気づいたっていうか、初めて福祉の世界に興味を持ち始めました。自分がすごく助けられたので今度は自分が人を助けたいっていう気持ちになったんですよね。だからそれを男鹿でできたらいいなって。

三浦 なるほど〜。欧米には「ドゥーラ」という、子育てが一段落したママが、これから出産を迎えるママに寄り添って心身のケアをしてあげるっていう昔から続く文化があって。お金は発生しないんですけど、昔は自分もドゥーラに助けられて感謝しているから、って次の世代のママたちの力になりたくて自分もドゥーラになって……と循環しているんですけど、それって行政の子育て支援とは全然違って人と人との信頼関係でずっと続いているんですよね。これからは、心からそういうことをしたいっていう人たちが増えていくんでしょうね。


男鹿の暮らしで見つけた気付き

三浦 佐々木さんのSNSに「移住してきたときは色々大変だったけど少しずつ変わってきた」というようなことを書かれていましたが、どんなふうに変わったのでしょうか。

佐々木 どんどん良く変わってきています。男鹿に来てから成長しかしてないんですよね。

三浦 素晴らしい……!

佐々木 成長できる環境があるんです。協力隊になったっていうのも大きいですし、今まで関わらなかったような人たちと出会って、住む場所も変わって、生活が180度変わったっていうのもそうですし、極め付けは子育てを始めたっていうのも大きくて。まだまだ未熟なんですけど、男鹿に来て2年半経って少しは自分が成長した実感があります。苦労するのって人間関係が多いと思うんですけど、年齢とか田舎だとか都会の人だとか、そこに優劣とかって本当はなくって。ただのお互い違うところがあるだけだと許容し合わないと、一生人間関係で悩むなって思ったんですよね。

三浦 ほお。

佐々木 「与えよ、さらば与えられん」っていう言葉があるじゃないですか。まさにその通りだなって思うんです。自分が信頼されたいならまずは自分が信頼するし、助けられたいならまずは自分が助けるし、っていうのをやっていくことで、移住してきたときにはなかった地域の人との関係性を築けるようになってきました。

三浦 なんとまあ!!

佐々木 でもその気付きをくれたのは間違いなく男鹿での生活でしたね。
あくまで私が移住して得たものなので、みんながみんなそうである必要はないし、でも、男鹿で関わる人たちが気付かせてくれたことなので、やっぱり地元の人とちゃんと関わっていくことで学ぶことは間違いなくたくさんあるなと思いますね。

三浦 この2年間は、コロナもあって、佐々木さん自身が東京に帰ることはあまりなかったですか?

佐々木 2回くらいですかね。

三浦 出産とか子育てを体験してから、改めて東京という大都会に帰ったときにどう感じましたか?人多いなあ、みたいな?

佐々木 そうですねぇ、やっぱりちょっと楽しかったです。(笑) けど! 私はそのあとなんですよね。「やっぱり東京楽しいな」と思って、帰ってきたそのときに「あ、私やっぱりこっち(男鹿)が好きだな」って思っちゃいました。

三浦 へぇー!もう男鹿がホームになっているんですね。

佐々木 ホームになってるんだってそのときに初めて気付きました。もう最近では、最初は訳がわからなかった秋田弁すらも自ら話したくなっちゃってるんですよ。(笑)

三浦 すっかり秋田・男鹿が大好きになってるんですね!

佐々木 私、出産前に帰りたいなって思っていたときもあったんですよ。けど、気付いたら男鹿を好きになっていた、っていう感じです。今こう思えるのも、育休中に出会ったママ友たちの存在が大きく影響していますね。

三浦 ああ、本当に大事なんだなぁ、ママ友って。


日常を届けるローカルな情報発信

三浦 協力隊としてのミッションは「情報発信」と伺いましたが、発信を続けて見えてきたことはありますか?

佐々木 最近、男鹿出身の方が、私が協力隊のInstagramで情報発信してるのを見て、「最近の男鹿ってすごく魅力的になってきてますよね」「なんか移住したくなっちゃいました」って声をかけてくれて。そう言ってくれたのが男鹿出身の21歳の女の子で、今も県内には住んでいるんですけど男鹿から離れているんですが、男鹿に魅力を感じてるって言ってくれたことがすごくうれしいなあって思いました。

三浦 佐々木さん、大阪に枚方市っていうちょっと小さなまちがあって、そこで僕の友人が「ひらつー」っていうローカルメディアを作ってるんですよ。そこのローカルメディアが絶妙にくだらなくて。

佐々木 (笑)

三浦 ローカルメディアなんですけど、良い意味で気合いが入ってないんですよ。記事の内容は「〇〇のコンビニが閉店したらしい」とか、「〇〇のスナック、みんなが気になってるので入ってみた」とか。

佐々木 ちょっと待ってください、検索してみます……。あっ、これか!「枚方つーしん」ですか?

三浦 それです!

佐々木 ロゴの雰囲気からしてゆるいですもんね。

三浦 ゆるいんです。でも、そのなんとも言えない身近でくだらない感じがすごく良くって、購読者数がじわじわ増えているんです。おもしろいのは「ひらつー」の読者っていうのは、枚方に住んでいる人だけじゃないんですよ。

佐々木 えー! すごい!

三浦 僕みたいなただの「ひらつー」ファンとか、枚方で生まれ育ったんですけど都会に出ちゃった人たちとかが自分の地元で起きているすごく些細な出来事を「ひらつー」を読んで知るんですよね。その子がたまに里帰りして、自分の親に「あの新しいお店のあれがおいしいらしい」っていう話をすると「あんた、何で知ってるのー!」みたいなことが起きたりとか。(笑)
最近はそういう「ローカルメディアってなんかやっぱりいいよな」っていうのが広がってきていて、「ひらつー」にインスパイアされて、静岡県沼津の「沼津つーしん」とか、富山県の福野地域でも「ふくのーと」っていうゆるいローカルメディアが始まっているんですけど、実は僕、佐々木さんの投稿を見て、それに似た印象を受けたんですよね。

佐々木 ええ! うれしい!!

三浦 「ひらつー」とかを見ていただけるとその空気感とか温度感とかが分かると思うんですけど、もしかして男鹿のまちを変えるのって大きい公共施設とかすごいサービスとかじゃなくて、「なんか最近男鹿っておもしろそうだよね」とか「いい流れ来てるよね」っていう、友だちと話すゆるい空気感のメディアなんじゃないかって思ったりするんですよね

佐々木 おもしろそう! でもそんなこと……できるでしょうか……。(笑)

三浦 多分地元の人よりも、県外から移住してきたからこその「おもしろがれる力」ってあると思うんですよね。どんなにお金をかけて作った広告よりも、「私の友だちが言ってた」ってくらいの人間味のある記事の方がどこか説得力が感じられたりするんですよね。佐々木さんは、メディアに向いていると思います。

佐々木 わぁ、本当ですか! 実はちょうど昨日そんなことを考えていて。というのも、来月総務省の地域おこし協力隊のPRイベントに登壇するんですけど、「なんで私が選ばれたんだろう、私って主観でしか話せないのに」って思ってたんです。

三浦 その主観がいいんです!!

佐々木 まさに! 私もメディアに興味があって調べていたら「メディアは主観であれ」って出てきて、「あ、私ってここが強みなのかも」って。
三浦 まちのためとか誰かのためとかは考えないほうが良くて、普通に生活していて、なんかおかしいなあとかおもしろいなあとか、そんなことが記事のネタになると思います。

佐々木 なるほどー! そういうの、結構メモしてるタイプです。

三浦 男鹿にローカルメディアがあったらいいなってずっと思ってたんですね。観光情報よりも、住んでる人の日常を観光客も知りたいんです。佐々木さんはその適任者だなって思いました。

佐々木 うれしい……!なんかちょっと新たな希望が見えてきました。

三浦 またぜひ今度は男鹿でお会いしましょう!

佐々木 お会いしたいですー!

三浦 ありがとうございましたー!


三浦丈典 Takenori Miura
建築家、スターパイロッツ代表。1974年東京都生まれ。大小さまざまな設計活動に関わる傍ら、日本各地でまちづくり、行政支援に携わる。著書に『こっそりごっそりまちをかえよう。』『アンビルド・ドローイング 起こらなかった世界についての物語』『いまはまだない仕事にやがてつく君たちへ』(いずれも彰国社)がある。

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