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映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』で笑って泣いた

※作品内容のネタバレはございませんが、それなりに踏み込んではいるのでマッサラな状態で観たい方は鑑賞後にもう一度ご訪問くださると嬉しいです

はじめに

マルチバース×カンフーというそれだけで面白そうな映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(以下エブエブ)が公開された。
一言でいうとベーグルを見るのが怖くなる映画です(?)。

主演のミシェル・ヨーは長らく映画界で活躍しているアジアン・スターだが、映画ファン的にどうしても注目してしまうのがキー・ホイ・クァンだろう。『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』や『グーニーズ』といった’80年代半ばのファミリー映画で一躍人気となった子役だ。

更に『トゥルーライズ』や『ブルースチール』等’80年代~’90年代に活躍したジェイミー・リー・カーティスがお役所職員として出演している。しかも心憎い役どころで助演女優賞も納得!

そう、第95回アカデミー賞でなんと7冠の快挙!

正直を言うとアカデミー賞そのものにはさほど興味がなく、アメリカの人気投票祭り程度の認識な私でも嬉しい!話題になればエブエブ👀を観てくれる方がドーンと増えるから!もう、皆に観てほしい!そんな宝物のような映画について思うところを私も書き記そうと思いまして。

ということで久々にnoteにログインしたわけです。

さて、無限にアレコレ書けちゃうような作品なので私からは3つの視点でまとめていきます。


  1. エブエブのマルチバースの見せ方

  2. SF的連想

  3. 本当のテーマは心の旅


ちなみに映画を観終わった時の私は、感動のあまり泣き笑いの顔で多幸感に包まれておりました。
とにかく映画館に行って観てくれ!

1. エブエブのマルチバースの見せ方

マルチバースつまり多世界解釈ものの難点は判りにくさだと思う。
今観ているのはどこバースでコレはどこバースの誰?みたいな。
エブエブはその点をどうクリアしたのか。

国税局に赴く冴えないコインランドリー店のオーナー主婦エヴリンの話として映画は始まります。カメラが忙しそうなエヴを追いかけ、エヴが全てを取り仕切っている様子を見せる。

オープニングのこの演出によって、この映画はこの主婦エヴリンを主役とした物語であり、あくまでもこの主婦エヴリンが存在するユニバースが舞台です、と明確に示されるのだ。
(以下、オープニングのこの主婦エヴリンを主婦エヴリンまたは主婦エヴと呼称する)

他世界に渡り、その世界のエヴリンが登場してもブレることなく、その中身は主婦エヴなんである。

具体的には、「他世界Yのエヴ」の意識に主婦エヴの意識が乗り移る。観ている私達にとっては同じ主婦エヴの主観で一続きなので混乱しない。

この時、「他世界Yのエヴ」の意識はミュートされていると考えられる。主婦エヴの意識が乗り移ってない状態の「他世界Yのエヴ」を我々は感知することが出来ない(終盤を除く)。
つまり、「他世界Yのエヴ」の意識と「主婦エヴ」の意識が重ね合わせの状態にあり、我々に見えるのはあくまでも「主婦エヴ」の世界なのだ。

だから観客は主婦エヴリンを追っていれば良いので「どのエヴリンがどうなった?」と混乱することなく観ていられる。(終盤は入り混じるけれど、その頃にはこの世界観に慣れているので問題ない)

これはエンタメ映画としてよく出来ている点!必要以上に複雑にせず、純粋にストーリーを楽しめるように設計されているな、と感銘を受けました。
この、あくまでも主婦エヴの主観で進行する、という仕掛けには他の意味もありますが後述。

多世界解釈を判りやすく見せる演出は他にも工夫が見られました。
α世界、マッピング、切り替わる時のズーム、衣装にメイクに色彩……。
この辺りは観れば判ることなので詳述は避けます。

さて余談ですが、ここに時間超越要素がプラスされた場合、とてもややこしくなると思うんですよ。
このように修正された世界では以降の出来事が別の道を辿る……というヤツですね。映画のテーマや設定によってはコレが大変に素晴らしい結果に結びつくこともあるのですが。

エブエブの場合は、時間超越しなかったからこその感動があるわけです!これも意識してそういう設定にしたものと考えられます(後述)。

2. SF的連想

あらゆるSF小説や映画の影響を感じることが出来て、SF者としても幸せな映画なことは間違いない。

一番判りやすいのが、スキル取得なる設定。映画『マトリックス』の影響が見て取れました。『マトリックス』は多世界解釈ものではなく入れ子構造とか上位世界とかいうヤツですが、カンフーSFという共通点がありますな。

黒幕として機能するジョブ・トゥパキの存在は、ヴォネガットの小説『タイタンの妖女』に出てくる波動現象となったラムフォード氏(と愛犬カザック)に似ている。
ラムフォード氏はすべての未来と過去を知る神のような存在となり、太陽系や時空のあちこちに実体化しては影響を与えていき地球の歴史を操作する(雑なまとめ)。
対してエブエブのジョブ・トゥパキは、マルチバースを渡り歩いて或る人の行動を操作しようとする。果たしてその目的は……というもの。
『タイタンの妖女』を覆うニヒリズム、虚無感を体現してくれるのがジョブ・トゥパキその人です。(その虚無感への救済もまた同じ)
また、『タイタンの妖女』には国税庁職員についての皮肉な描写がされているのも、本作のジェイミー・リー・カーティス演じる国税庁職員に通じるものがあって面白い。

そして全体を通して流れるナンセンスなユーモアはダグラス・アダムスの小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』シリーズを彷彿させる。
ガジェットだの、ベーグルだの、世界観センスが似てますね(宇宙船がエブエブではαバンになっているのかな、と)。

他にも映画や小説からの影響はたくさん感じらると思いますので、気づいたものをコメント欄に書いていただけると嬉しいです。

さて、映画エブエブを観て連想されたSF作品についても少しだけ。
先ずは伴名練による短編集『なめらかな世界と、その敵』の表題作。

任意の並行世界を渡り歩くことが普通となった世界で、少女たちの一度きりの青春が描かれる。ゆりSFの名作。
1ページ目を読んだ時の衝撃は他にない読書体験でした!脳をぐるぐる掻きまわされる感覚。でも大丈夫。読み進むとこの世界の仕組みが分かって、この特異な文体にも慣れます。
その結末の尊さに胸がキュンと切なくなること請け合い。
エブエブを観た後だと、この短編小説も映像化できるのではないか!と期待しちゃいます。いつかアニメ化などされたら嬉しいな。

もう一つはうえお久光著『紫色のクオリア』(電撃文庫)。ラノベ奇書と言われてますが単巻で読みやすいサイズ感かと。コミカライズの方は全3巻です超オススメ!ゆりSFの名作・奇作!

自分と他人では見えている世界が違うんじゃないか、という話だけど途中から多世界解釈になりテンヤワンヤとなります。
この作品も世界の受け止め方がエブエブに通じているな、と感じた。

3. 本当のテーマは心の旅

ここまで、SFに偏った見方でエブエブについて書いてきました。
が、この映画の素晴らしさは一貫したテーマがあることなんです。
ネタばれと言えるかもしれないので、ここから先は鑑賞後に読んだ方が良いかも。

この映画のテーマ。
それは、今ここにある現実を生きよう、今ここにある幸せに気づいてソレを大切に抱きしめよう。あなたの生きる世界はそこ!
ということ。

マルチバースを自分がこうだったかもしれない可能性世界と考える。
多忙な日々にうんざりする主婦エヴが輝いていたかもしれない世界を妄想している。
私達は小さなことでもそんな風に「あの時に違う選択をしてればなぁ」などと詮無いことを夢想してしまう悲しいイキモノ。それが人類。
あらゆる選択を積み重ねて存在する今の自分から離れて、ああしてたらこうなったのに……と後悔と共に夢想する。今の自分、今の現実を否定し嫌悪感すら抱く。ミッドライフクライシスもコレよね。

そしてジョブ・トゥパキの言うように全てが虚無感に覆われ、どうせみんな死ぬじゃんと無力感と絶望に身を委ねてしまう日々もある。

でも待って。
あなたの現実は今、ここしかないの。

この感覚を表現するためのマルチバース設定、かつ主婦エヴ主観描写だったのですよ!
SF設定が内面の問題解決を描く道具立てとして機能してるんですね。この点に激しく感嘆しました次第です。
私は私をしか生きられない、ということです。

映画『インセプション』では、この場所が現実なのか夢のどこかの階層なのかが明示されないままのラストシーンが論争の種になりました。
私の解釈では、それはどちらでも良い。それがどこであろうと、そこが自分の生きる場所なのだから。

もう一つのテーマ、それは愛です。
終盤、愛で畳みかけてくるのがもうたまらん!

私が生きる上で大切にしている信条「何かを変えられるとしたら、それは愛だけ」を全力で表現してくれている!
「敵」と見做して戦おうとしていた国税庁職員にもジョブ・トゥパキにも愛をもってぶつかるのだ。
どうにもならん現状を打破するキッカケとなったのが、夫氏(キー・ホイ・クァン)の愛からくる行動だったわけで。彼は常に愛をもって人に接しているんですね。事情を話せば理解ってくれるかも、と努力して人と接している姿が描かれている。エヴは彼のやり方に倣うわけです。

そう、ありったけの愛でぶん殴ってくる映画なんです!
虚無感も絶望も救済されるのは、愛で殴られるからです!
愛で殴り合えば、世界はもう少し生きやすくなるはずだ。
戦争や疫病で香ばしい今の世界もきっと、皆の心に愛が広がって、それを分かち合えれば。

今、必要な映画だったな!と思うし、普遍的なことを描いているから未来にも語り継がれる映画になるだろう。

今の自分を生きてください。そして隣にいる人たちを愛で羽交い絞めしてください。そうやって幸せを感じて生きて、それから死んでいきましょう。


生きる糧を!