見出し画像

ガンプラ・バレンタイン・デー

ガンダムのプラモデル、略してガンプラの素晴らしさについて熱烈記述しようと思っていたのだけれど、子どもの頃のバレンタインにまつわるモヤモヤするエピソードを思い出したのでそれを書こうと思う。

大学時代の友人の子どもが5歳になり、ガンダムに興味を持ち始めた。「ロボット」「戦う」「武器がビーム」「強化パーツがあり、変形する」「めちゃかっこいい敵がいる」・・・などなど、ガンダムには5歳男児の心をがっちり掴んで離さない要素がたくさん含まれている。もちろん原作の富野由悠季がオトナの事情で仕込んだ仕掛けだ。その友人の子どもから時おり、ガンプラがホンダCB400(バイク)のプラモに跨ってポーズを撮っている写真が送られてくることから、時代が変わってもガンプラとは、幼年時代の好奇心のど真ん中そのものであることが証明されている。

僕が子どもの頃にガンダムに没入したのも通称ガンプラと呼ばれるプラモデルづくりを通してだった。プラモを作るテクニックは中の上レベルだった。なので、クラスで一番作るのがうまく、パテで繋ぎ目を無くすという上級テクのスキル持ちだったシマダ君(仮名)の家に放課後遊びに行き、ご指導ご鞭撻を受け、プラモと一緒にシノダ君の部屋の畳をカッターマットごと切っちゃったり、セメダインを廊下にこぼしちゃったりしながら腕を磨いていた。

そんな男子小学生の日常の延長上にやってきた一大イベント、バレンタインの日。僕は放課後、クラスで一番おとなっぽくて好きだった女の子に想定外に呼び出されたのだ。もちろん誰にも好きな子のことは知られていないはずだったのに。ばっくんばっくんうるさい心臓がはちきれそうになりながら指定の公園の入り口に行くと、彼女は手下のふたりの女子と待ち構えていた。

「シマダくんと仲いいでしょ?これ渡してきてもらえる?」

目が合わせられないままでいると、あっさりしたセリフが聞こえて、手作りっぽいがデカいチョコレートの箱をガッ!と右手に持たされた。

悄然とした。想像してみてほしい。

そのあとはドラクエの毒の沼を渡るような気分で、世の不条理に人間性を撃滅されながらシマダくんの家に辿り着くと、彼はガンプラの一番難しいところ(改造のために仮組みしたパーツをきれいに分解する作業)に、ちょうど取り掛かっていた。しばらくその光景を眺めてから小さく声をかけ、愛のキューピットとしてのセリフを言うと、彼はチョコも見ず、そして僕も見ずに、

「あ、そこに置いといて」

とだけ言い、ピンセットで米粒大のデカールシールをはさんで水に浸す作業へと移行した。僕がやはりモヤモヤした気持ちのままでぼんやりとシマダくんの細い器用な指を眺めていると、やがて彼は立ち上がり、手を洗って戻ってきた後で、引き出しから一本のカセットテープを取り出した。

「ごめん、これ、あいつに渡しといてもらえる?」

手の中にクリアカラーのカセットテープが押し込まれた。抗うことができぬ宿命に導かれるように、「うん」とだけ答えてシマダくんの家を出た僕。しばらく歩いてから、そっとそのカセットテープの手書きのラベルを透明ケース越しに見ると、<ギザギザハートの子守歌>と、女の子のようなマル文字(死語か?)で書いてあった。ん?なんで女の子の字で書かれたこれを、僕が好きなはずの女の子に渡しにいくんだ?

テープはたしかにその女の子に渡した。そっけなく受け取られたこと以外は、ショックが大きくてあんまりよく覚えていない。

なぜ女の子のマル文字で「ギザギザハートの子守歌」と書かれていたのだろうか?
カセットテープはチョコのお返しではなく、ただ借りてたものの返却だったとか?
もしかして彼女とシマダくんは秘密裏に付き合っていたのだろうか?(まだ小学生だったのに!)
じゃあなぜ僕に行かせたのだろうか?
つまり彼女やシマダくんは僕が好きなのが誰なのかを知ってて、意地悪でわざとやらせたのだろうか?
あるいは僕を傷つけずに、そっと真実を知らしめるために??

・・・考えれば考えるほど複雑に傷つくこともある。
もとい、僕はもうシマダくんと一緒に以前のように無垢な気持ちでプラモを作ることはできなくなるんだろうなと、小学生ながら悟っていた。でもチェッカーズのギザギザハートの~はテープを持っていなかったのでラジオのベストテンでかかるのを待ち構えて録音(エアチェック!)し、その年の春は何度も何度も聞いた。ものすごくかっこいい曲だった。聞くときの妄想の中で、ギザギザハートの主人公は僕だった。

でもそれでガンプラがトラウマになったとかそういう面倒くさいことはなく、シマダ師匠からひとり立ちして何体も作りあげた。上級テクを少しだけ身につけ、多重塗りで色に質感を出したり、パテで繋ぎ目を消したりしたガンプラは、長らく実家の棚に飾っていたが、ふとガンダムから気が逸れていた時期に、その頃モデルガンに熱中していた4歳年下の弟に全て最高の的として撃ち砕かれてしまい、今はもう手もとに無い。

小学生男子の好奇心の結実たるガンプラは、その後おとずれる性への目覚めという超級のハードル(バレンタインが成功する世界線)を乗り越えた者の前にだけ、ふたたび大人のためのガンプラとして降臨し、かつてはできなかった夢(惜しみない財源投与)などを実現させるのだ。だが、かつての興奮とそれは別種のものだ。なんともほろ苦い通過儀礼である。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?