【novel首塚】Day3. だんまり

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 ある日、真夜中近くになって、同じ学科の佳奈から連絡が来た。
 文面を確認して途方に暮れる。ミミアさんはお笑い番組を見てケラケラ笑っている。
「おや、どうしたんだい、そんなにむつかしい顔して」
「あー、友達がさ、終電逃して泊まりに来たいって言ってるんだけど……」
「おや! いいじゃないか、入れておやりよ。女の子なんだろ? いけないよ、こんな夜更けに一人でいさせちゃ」
「いや、でもさ。ミミアさん見たらびっくりするでしょ」
「馬鹿をお言いでないよ。袋でも箱でもかぶせておいてくれればいいのさ。その子が帰るまで、あたしはちゃんとだんまりを決め込んでおくさね」
「……本当に?」
「本当だとも」
 不安は残るが、佳奈を放っておくわけにはいかないのも確かだ。
 私は駅近くのコンビニで待っていてくれるよう、返信を送った。

「おじゃましまぁーす」
「ただいまー」
 佳奈はだいぶ酔っ払っていた。これならミミアさんのことを隠すのも難しくないかもしれない。
 ミミアさんには、とりあえず通販の段ボール箱をかぶせてある。乗っている箱まですっぽり覆えた。

「お茶とか飲む?」
「んー、ありがとー」
 ペットボトルの麦茶をカップに注ぎ、電子レンジにかける。
「はい、熱いよ」
 佳奈はカーペットに座って、付けっぱなしだったテレビをボーッと見ていた。番組はまだ続いていたらしく、新しい漫才コンビが舞台に出てくるところだった。
「だいぶ飲んだ?」
「あー、うん。ごめんねぇ……」
「いや、それはいいんだけどさ。大丈夫?」
「うーん……」
 どっちだか分からないあいまいな言い方で、佳奈は首をこっくりこっくり動かした。

  さて。こういうときにどうすべきなのか、分からない。我が家は人を呼べるような部屋じゃなかったはずだ。
 たぶん寝かせてあげるのが筋なんだろう。ただ、私が神経質なのかもしれないけど、自分のベッドを使わせるのは抵抗がある。特に今は酔っ払いだし。
 かと言って余分な布団の用意もない。いや、夏用のタオルケットくらいはあったっけ。
「なんか、毛布みたいなのないか見てくる」
「うん……」
 佳奈は舟を漕いでいる。風邪を引かせるのもしのびなく、私はクローゼットを物色する。

 よかった。こたつ布団があった。これとタオルケットでなんとかしてもらおう。
「——アッハハハ……」
 収納袋から中身を引っ張り出そうとしていた時、部屋から笑い声が聞こえた。ミミアさん。
「え、サチー?」
 佳奈の声。……まずい、いや、まだ酔ってるはず。ここは押し切る。
「佳奈、さっき何か言ってた? ちょっとゴソゴソしてて聞こえなかったんだけど」
「今笑ってたの、サチじゃなかった?」
「ああ、笑い声だったんだ。……じゃあ、佳奈でもないってこと?」
「わたしもちが……、——え、こわっ。なに?」
「なんだろうねー。あ、布団これでいい?」
「あ、ありがと」

 佳奈はもこもこのこたつ布団にくるまる。よし、これ以上ミミアさんが何かやらかさないうちに、寝かせてしまおう。
 テレビを消す。冷蔵庫から麦茶のペットボトルを出して置いておく。
「じゃ、もう寝たほうがいいよ。喉乾いたらこれ飲んでていいから」
「んんー、ありがとねぇ……」
 畳んだバスタオルを枕にして、佳奈はコテンと横になる。
 半開きの口から、くふー、くふー、というような寝息が聞こえ出した。
 やれやれ。ふあ、とあくびが漏れる。私ももう寝よう。
 ベッドに上がる前に、ミミアさんにかぶせている段ボール箱を、一度叩いておいた。

 結局、眠りは浅かった。
 目が覚めた時には朝6時にもなっていなかった。体をねじるようにして佳奈の様子を見てみる。よく眠っているみたいだ。
 それから30分弱ゴロゴロしていたけど、二度寝はできそうになかった。
 仕方なく佳奈を踏まないようにベッドから下りる。コーヒーと朝食の用意をしにキッチンに行く。
 とりあえず自分用にはパンで、佳奈の分はまあ、起きたら食べられそうか聞いてみよう。

 コーヒーの香りが立ち上る。二日酔いにコーヒーってどうなんだっけか。ミミアさんは出汁のきいたものが欲しくなるって言ってたかな。私はカレー派だけど。
 レーズンロールを2つ軽く温めて、部屋に戻る。
「んー……?」
 うっすらと佳奈の目が開いた。
「起きた? なんか食べる?」
「いまはいいー……」
 佳奈は明かりから逃げるように頭からこたつ布団をかぶった。
 幸いに今日はこれといった用事もない。佳奈の予定は聞いてないけど、まあ、寝かせておいてあげよう。

 温かくなったレーズンは、ちょっとブドウに戻る気がする。
 カーテンは閉じたままだけど、隙間から差し込んでくる陽はいかにも快晴の明るさだ。

 そして休日の朝の平穏は突然破られるものだと決まっている。
「あれ? おや? ねえ、ちょいとサッちゃん、大丈夫かい!? なんてこった、真っ暗だよ。停電かい? お天道様も出ていないなんて、こりゃおかしいよ」
「……え、誰?」
 ミミアさんの声に、佳奈が顔を出してきた。身を起こして怪訝そうに部屋を見回している。
 ミミアさんは「あっ——」と言って黙った。

「サチ……。今、声したよね?」
 とてもまずい。さすがに酔っ払っていない今、この状況をごまかすなんて。
 せめてミミアさんが私の名前を呼びさえしなければ、隣のテレビの音なりなんなり、言い逃れる可能性はあったかもしれないのに。
 佳奈が突然「あっ!」と叫んで両手を合わせる。
「ごめん! ひょっとして誰か来てたりしてた? 本当にごめん! 昨夜いきなり押しかけちゃって! もうほんと、すぐ帰るから!」
 佳奈はぺこぺこと頭を下げ続ける。まだ白っぽい顔色で慌てて立ちあがろうとするから、私は止めた。
「いや、そういうわけじゃないから大丈夫! 気持ち悪くなってもアレだし、とりあえず座って!」
 申し訳なさそうな佳奈をひとまず座らせる。

 ……どうしよう。佳奈は、いい子だ。秘密にしておいてほしいと言えばきっと守ってくれる。うまい嘘も思い付かないし、騙し続ける心苦しさだってないわけじゃない。
 問題は、ミミアさんを見て佳奈がショックを受けないかということなんだけど。
 人の首だし、インパクトが強いのは確かだろう。でもグロテスクかと言われると、わからない。ミミアさんは身綺麗にしているし、生々しい断面が見えているわけでもないし、陽気な生首だ。でも、私の感覚がズレていることも、大いにありうる。というかきっと間違いなくそうだ。
 気付くと、佳奈がミミアさんを覆う段ボールのあたりを見ている。いや、私が何度も目をやっていたから、気になっているんだ。
 よし。反応を見ながら少しずつ伝えて、ダメそうだったらすぐに止めよう。

 落ち着いてもらうためにレンジで温めた麦茶を出す。覚悟を決めて佳奈の向かいに座る。佳奈もいくらか背筋を伸ばした。
「えーっと、実は、うちには先祖代々続く、もの……というか、そんなのがあって」
「え、なにそれ。かっこいい」
「……あ、うん。で、さっき喋ってたのもそれで」
 佳奈はふんふんと頷く。面白そうだと思ったみたいで、ちょっと前のめりになってきた。
「それで、それが、えーっと、ミミアさんっていうんだけど」
「もしかして、呪いの人形的な?」
「ん、うーん……、呪いではない、と、思う……」

「失礼だね。呪ったりなんかするものかい」
 いきなりミミアさんが割り込んできた。もうだんまりの必要はない、と判断したらしい。
 佳奈が小さく「おお」と声をあげた。
「うん。今のがミミアさん。まあ、人っていうか、人だったっていうか、首から上だけの人っていうか……」
 マイルドな表現が見当たらない。
「まどろっこしいねえ。ったく、この箱を取って見せてやりゃあ済む話じゃないか」
 それをやっていいかが分からないから、こんなに困ってるんでしょうが、こっちは。

「なんか、すごい喋るね。そのミミアさんって」
「……うん。えーっと、見る? そんなに怖い見た目はしてないはず。……たぶんだけど」
「え、他人に見せていいものなの」
「あっはっは、当然さね。嫁入り前の箱入り娘さんでもあるまいし」
 今は箱に入っているミミアさんが言っていいセリフじゃない。
「あー、じゃあ、お願いします」
 佳奈はなぜかミミアさんに向かって返事をした。

 こういう時は、きっと、サッと箱を取っちゃったほうが、変に期待や恐怖を煽らなくていいだろう。
 私はミミアさんにかぶせてある段ボール箱に手をかけ、「いくよ」と声をかけた。
「変顔でもしたほうがいいかい?」
「余計なことしなくていいから」
 佳奈はまるでこれから手品か一発芸でも見るような顔だ。
「じゃ、はい」
 箱を持ち上げる。
「ああ、眩しい」とミミアさんは瞬きを繰り返した。
 心配していた佳奈の反応はというと、ちょっと唇を開いてミミアさんを見つめている。
 ショックが強すぎたか、と私の心臓がキュッと縮まった瞬間、佳奈は「あ」と言葉を発した。
「あ、……えっと、お邪魔してます」
 ミミアさんは「いえいえ、何のお構いもできませんで」と家主の態度で返していた。


深夜さま、たこやきいちごさまによる企画「novel首塚」への参加作品です。
生首と大学生が二人暮らし(?)をする、連作短編です。


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