【しをよむ064】石垣りん「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」——おいしいはとても強い芸術です。

一週間に一編、詩を読んで感想など書いてみようと思います。

石垣りん「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」

石原千秋監修、新潮文庫編集部編
『新潮ことばの扉 教科書で出会った名詩一〇〇』より)

亡命ロシア料理』という本があります。
題名のとおり、アメリカに亡命したピョートル・ワイリとアレクサンドル・ゲニスがひたすらアメリカ、ロシア両国の料理をときに貶し、ときに称え、あるいはこき下ろし受け容れ懐かしむ本です。
鮮やかな皮肉、お腹のすく描写、食べものから透けて見える当時の社会のこと、ピリッとスパイスを利かせたスナックのように次々と手が出ます。
すこしブリティッシュ・ジョークに似た語り口でもあり、ちょっとした時にぽつぽつ読みたくなります。

第1話でいきなり「壺を買え」と勧めてきますが、いい本です。
(この話のテーマが代表的なロシア料理のひとつ、壺焼きなのです。念のため。)

とつぜんロシアの話をしたのは、この本の第9話「流行らない美徳」に次のような一節が出てくるからです。

おたま(必ず木製のでなければならない!)を持って鍋の前に立つとき、自分が世界の無秩序と闘う兵士の一人だという考えに熱くなれ。料理はある意味では最前線なのだ……。

さまざまな出自の食材たちをことことと煮込み、時間をかけて秩序立てていく営みが、今回の「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」と似ているなと思ったのです。

どちらの時代背景も「料理は女性がするもの」という固定観念から脱しはじめた時期とあって、「政治や経済や文学に足を踏み入れる女性」「日常的に料理をし、それを公言する男性」の両方の気持ちを読み比べられるような。
そしてどちらもお料理を愛しているのが素敵です。

「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」では、綿々と台所に立ち続けてきた女性たちの姿を
「その人たちは
 どれほどの愛や誠実の分量を
 これらの器物に注ぎ入れたことだろう」
と描き、
「亡命ロシア料理」では先ほどの引用のとおり、
(大袈裟な語りでユーモラスに)料理は世界に秩序をもたらし、食欲という本能を芸術に昇華する手段だと叫んでいます。

食材が手をかけるにつれていい匂いを放ったり柔らかく美しくなったり、
新しいレシピを期待八割不安二割で試してみたり、心に余裕のある時の料理は楽しいですね。
疲れた遅い時分ではもうその気も起きずに、豆腐にお醤油とかつお節、とか野菜を蒸してポン酢、とか、帰りがけに買って済ませよう、となることも多いですが。
それはそれで、その時に応じた最適のコストパフォーマンスなのでよいのです。

パトリック・ジュースキントの小説「香水 ある人殺しの物語」で「香り」が
「この世に痕跡一つ残さずに消え失せるもの」と表現されたように、
「味」もとても刹那的です。温かいものは冷め、冷たいものはぬるくなり、サクサクのパイやクロワッサンはそのうち水分を吸ってしっとりしてしまう。
それでも香りや風味は人を感動させられる芸術だし、
日々の料理は自分のためのちいさな作品なのだということを覚えておきたいです。

そしてときどきは、コンサートや美術館に行くように、とってもおいしいものを食べに行くのです。

最後にすごく余談ですが、明日 (3/23) から、ピエール・エルメとダイドードリンコがコラボしたドリンク「ショコラブリーズ」がリニューアル発売されるそうです。
ピエール・エルメのスイーツが美術館の展示物だとしたら、コンビニなどでお手軽に買えるこちらはさしずめ画集のようなものになるのでしょうか。

お読みいただき、ありがとうございました。
来週は村野四郎「鹿」を読みます。


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