【しをよむ090】コクトー(堀口大學 訳)「耳」——螺鈿細工の夢。

一週間に一編、詩を読んで感想など書いてみようと思います。

コクトー(堀口大學 訳)「耳」

石原千秋監修、新潮文庫編集部編
『新潮ことばの扉 教科書で出会った名詩一〇〇』より)

以前に読んだ「シャボン玉」と同じく、コクトー作、堀口大學訳の詩です。
今週の「耳」も、ほんの短いことばで読み手に美しい景色を見せてくれます。

きっと、翻訳の力もとても大きくて。
品の良い七五調、「耳」と「響き」で繰りかえされるリズム。
七五調というのは、寄せては返す海の表現と相性が良い気がするのです。
聴覚が景色と郷愁を喚び起こすこの詩ではそれが尚更。

砂浜、貝殻、青いガラス、古い本のページをめくるような乾いた質感。
季節が秋から夏へ遡らないように、なつかしい景色には帰れないとわかっている。
固く閉ざして守っていた柔らかな身はもう食べられてしまっていて、
たとえまた海中に投じられたとしても沈んでいくほかない。
でも、殻だけになったいまでは傷つく心配も怖いものもなくて、内側の虹で空を照らすことだってできる。

なつかしい思い出を開いた貝殻のような客観で眺められるようになることで、
ボタンや螺鈿細工にも似た作品が私の中から生まれるのかもしれないと、
そんなことを思いました。

ここからはまったくの蛇足なのですが、短い詩の感想を書くのは難しいです。
合法的に引用できる文量が限られてしまって。
著作権が存続している作品は特に……。

そんな視点でこれまでの「しをよむ」を読み返していただくと、
私のがんばった跡があの作品やこの作品で見られるかもしれません。
てふてふとか大変でした。

お読みいただき、ありがとうございました。
来週は金子光晴「くらげの唄」を読みます。

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