【novel首塚】Day4. 温室

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「サウナに行ってみたいねえ」とミミアさんは言った。またラジオニュースか何かで聞いていたんだろう。
「サウナ?」
 そういえばここ数年でよく聞くようになったけど。近くにあったっけか。
「今時はあれこれ面白い趣向があるらしいんだよ。アロマだったり、ろーりゅってのだったりさ。ほれ、あんたもたまには手足を伸ばしてのんびり湯に浸かりたいんじゃないかい?」
「まあ、うん……。でもミミアさんは連れて行けないからね?」
「いっぺんくらい試してみてもらえないかい?こないだの子。カナちゃんだっけ? そんなに怖がってなかったことだし」
 私はいつだったかに見た、スーパー銭湯のロビーを想像する。
——すみません、大人1人と生首1人。あ、ロッカーは1つでいいです。
 そしてバスタオルにくるんでミミアさんを持ち運び、サウナのベンチに置く。しばらく経ったら水風呂に浮かべて、外気浴のチェアに転がして——
 ……ないな。たぶん警察沙汰だ。

「さすがに無理。ミミアさん、これまでどっか行きたいとか言ったことあんまりなかったじゃん。急にどうしたの?」
「あんたが留守の間、シリちゃんとお喋りしてるからかねえ。シリちゃんが聞かせてくれたことをあんたにも教えてやらなくちゃって思ってるのさ」
「……ありがと」
「心身がととのって、お肌もツヤツヤになるらしいよ。気にならないかい?」
「——わかった、じゃあ今度行ってみるから」
「おっ、話がわかるじゃないか」
「ミミアさんは留守番だってば」
「もう!」

 スマホで検索してみると、まとめ系の記事が山のように出てきた。上の方にある適当なサイトを開く。
 ああ、家からそこそこ近いところにも2、3軒。確かに、一度行ってみてもいいかもしれない。
 そのページの最後に、「人気のタグ」として色々なキーワードが並んでいた。
「——あ、ミミアさん、これどう?」
「なんだい?」
 私は「おうちサウナ」のタグが付いた記事を見せる。
 湯船に熱いお湯を張ったり、ビニール傘やレインポンチョをかぶったりして、とにかく蒸し暑い中で汗をかくのが大事なようだ。
「連れてくのは無理だけど、こういうのならなんとかできそう」
「ほう! いいじゃないか。楽しみだねえ」

 熱めのお風呂を沸かし、同じく熱めのシャワーでミストを作って。水風呂……は洗面台に水を張っておけばいいだろう。
 さて。ミミアさんをサウナに入れるには、この声を出すためのカラクリ箱を外さないといけない。動力源は乾電池で動くモーターだし、水気のある場所に持って行くのは怖い。
 念のため、サウナの前に気になることがないかミミアさんに聞いてみた。
「そうだねえ、ついでに髪や顔も洗ってくれるとありがたいね。それから飲み物も。水を飲まずに汗をかきすぎると血が濃くなって、心の臓に負担がかかるそうだよ。あとは……、まあ、何かあったら歯をカチカチ言わせるから気付いておくれ」
「オッケー」

 モーターのスイッチを切る。ミミアさんを持ち上げる。上面に大きな穴があいたこの箱は、何か抽選するときにも使えるかもしれない。ミミアさんのあごが痛くないよう穴のふちにはクッションを巡らせてあるから、安全性もばっちりだ。

 指先は下顎にかけて、フェイスラインに沿って包み込むように手のひらを添える。親指は耳たぶに引っかけるようにすると収まりがいい。この持ち方だと運ぶ側も楽だし、生首側の負担も少ない。
 ちなみに、切り口に触れられると「ゾワゾワして気色悪い」らしい。こっちとしても、わざわざ触りたくはないところだ。

 肘で浴室のドアを押し開ける。ムワッと湯気が押し寄せてきた。
 ミミアさんを洗面器に入れて、湯船のフタと浴槽のふちの隙間に架けるように置いて、大きなビニール袋をかぶせる。袋の内側がみるみる白っぽく曇った。
 生首にサウナを体験させるなんていうのは初めてのはずなのにどこか既視感があると思ったら、あれだ。ビニールハウスの中の植木鉢。

 やがて、カチカチと歯を鳴らす音。袋を外してみると、顔の赤くなったミミアさんの姿。
「じゃあ、次は水風呂です」
 洗面台に浸けると、ミミアさんはキュッと目を瞑った。「ひええ」という声が聞こえてくるようだ。
 水位は仰向けになったミミアさんの耳より少し高い程度。

 それから軽くバスタオルで水気を拭き取り、部屋の中で休憩タイム。ミミアさんはストローでスポーツドリンクをゴクゴク飲んでいた。
 私だって、蒸し暑い浴室にいた上、ミミアさんを運ぶという重労働をこなしたばかりだ。ついでに買っておいたカルピスソーダをあおる。

「もう1回やる?」と尋ねると、ミミアさんの目が上下に動く。「イエス」の返事だ。
 洗面器をサッと洗って、熱いシャワーで浴室を湯気でいっぱいにして。
 今度はシャンプーとコンディショナーもしてあげよう。
 植木鉢状態で温まったミミアさんの、アップにした髪をほどく。汗をかかないのか代謝がないのか、ミミアさんは普段はこうやってお風呂に入る必要もない。もしあったら、この長くて多い髪を毎晩洗わないといけなかったのか、と想像してちょっとげんなりした。
「かゆいところありませんかー?」
 返事はないとわかっていながらも聞いてみる。ミミアさんは目を閉じてされるがままになっている。
 コンディショナーをなじませている間に、洗顔フォームを泡立ててミミアさんの顔をくるくると洗う。喉元や首筋も忘れずに。ただ、断面には手を付けなかった。しみそうだし、あんまり触りたくないし。

 洗顔が終わり、コンディショナーも流しきった。
「そうしたら、水風呂いくよ」
 ミミアさんがゆっくりと目を開けて、また閉じる。たぶん問題ないってことだろう。
 水に浸かるとき、ミミアさんはまた一瞬だけ顔をギュッと縮こめた。

 再びの休憩タイム、ミミアさんはスポーツドリンクを飲んだ後はずっと眠ったように目を閉じている。
 私もさすがに疲れて、床に座り込んだ。

 どれだけ放心していただろう。私はハッと気が付く。いくらなんでも静かすぎるんじゃないだろうか。
 様子を確認すると、ミミアさんは穏やかに目を閉じたままだった。
 そっといつもの箱に乗せて、モーターのスイッチを入れる。

 小声で呼びかけても返事はない。
「……ミミアさん?」
 え、まさか成仏した? ご先祖が朝に夕にお経をあげてもこの世にい続けたミミアさんが?
 どうしよう、「なんかサウナでととのったら成仏しちゃいましたー」なんて、これまでの代々の努力に対して逆になんだか申し訳ない。

 もし仮にそうだとしたら、ミミアさんの最後の頼みになったサウナにくらい、連れて行ってあげればよかったかもしれない。親戚から詳しい事情を聞かれたときに、あの植木鉢スタイルを説明するのはちょっと気まずい。かぶせてたの、実は25リットルサイズのゴミ袋だったし。

 あれこれ頭を悩ませていたそのとき、「ふうっ」と満足そうに息をつく音が聞こえた。
「ミミアさん!」
「ああ、すっかりいい気分になっちまったよ。ありがとうねえ」
「よかった、何も言わないからどうしようかって思っちゃった」
「悪かったねえ、心配かけて。おかげですっかり極楽気分だよ」
 ミミアさんの笑顔を見て、私は心から安心した。まだミミアさんがいてくれてよかった、と思っていた。
「ミミアさん、化粧水とか使う? 塗ってあげるからさ」
「おや、いいのかい!?」
「サービスです」

 ぷるぷるもちもちお肌になったミミアさんは、それから寝るまでずっと、満足そうに鏡を見つめていた。


深夜さま、たこやきいちごさまによる企画「novel首塚」への参加作品です。
生首と大学生が二人暮らし(?)をする、連作短編です。


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