【しをよむ041】丸山薫「北の春」——音と色のお祭り。

一週間に一編、詩を読んで感想など書いてみようと思います。

丸山薫「北の春」

(石原千秋監修、新潮文庫編集部編
『新潮ことばの扉 教科書で出会った名詩一〇〇』より)

めくるめくような春の訪れを描いた詩です。
雪解けの水の音、凍りついていた枝がしなり弾ける音。
止まっていた物事が一斉に動きだす音。

待ち望んだ暖かさへの喜びとともに、制御しきれないほどに溢れ出る力も見えてきます。
「春」という言葉ののどかなイメージにぼんやりしていると
轟々と水量を増した川に足をとられたり、
硬い蕾をつけて天を向く枝に額を打たれたり。
まるで自然が陽光に衝き動かされて脇目も振らずに疾走しているようです。

季節の変わり目といえば、今の時期——夏から秋への変化も、
1日ごとに空気がひんやりしていって、
ある朝から金木犀の香りが漂うようになって、
くっきりと秋の輪郭を感じさせてくれますね。

ちょうど半年を隔てて冬から春への移り変わりを見ると、その劇的さに驚きます。
特に雪深い北国では、今まで雪に吸収されていた音が放たれ、雪自身も音を立てて下流へ流れ、
白一色だった景色の下から土が現れ、幹が現れ、草花が芽吹いて鮮やかになり。
世界各地で「春の訪れを祝うお祭り」が開かれるのも、
こうした自然の躍動感に引っ張られてのことなのかもしれません。

早春の花として選ばれているのが「辛夷(こぶし)」というのも素敵です。
春の淡い青空を見上げる、すっきりとした白い花びら。
地面に落ちるとあえなくぺしゃっ……と茶色くなってしまうためか、
盛りの時期は駆け足で過ぎていくイメージがあります。

上の文章を書くにあたって、念のためコブシとモクレンの違いを見てみました。
すっきり咲くのがコブシで、ぽってり咲くのがモクレンだと覚えました。

そして最後の、段落を分けた三行。
「——先生 燕がきました」
学校、あるいは分教場の朝。
情景はなにも描かれていないのに、そこは木造校舎のこぢんまりとした教室で、
手をあげてそう言った女の子の切り揃えた前髪とふたつに分けて結んだ髪はつやつやとしていて——、とありありと見えるようです。
きちんと手をあげて発言するその子のまじめさと、言葉の無邪気さがとても可愛いです。

もしかしたら北国だけあって、この地域も米どころだったのかもしれません。
そして「燕が今年も来てくれた」と春を実感する喜びは、現代にも増してひとしおだったのかも。

この後は燕の巣ができ、雛が生まれ、巣立っていく様子を
学校へ行き帰りする朝夕に見守るのでしょうね。

私は北国の一年を知りません。
旅行で行ったことはありますが、どれだけ冬が長いのか、
雪解けはどのように見えるのかを実感したことはありません。
「北の春」のような作品で想像に想像を重ねています。
日本や世界のいろいろなところで暮らして、
私がこれまで知らなかった一年をたくさん知ることができたらいいなあ、と
憧れが胸に湧きました。

お読みいただき、ありがとうございました。
来週は石垣りん「峠」を読みます。

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