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1日後に死ぬカニ

のんびりとした空気が流れる。此処は海の中にある私達の街である。ボクはそんな街で特に何もせず、のんびりと暮らしていた1匹のカニである。そんなボクだが今日、街の長老に呼び出された。彼に呼び出されるということは、戦いに出ないといけないか、もしくは何か重要な報告があるということだ。ボクはプルプルと震えブクブクと泡を吐きながら長老の元へ向かった。
ボクはこんな緊張している姿を誰にも見られたくないと思っていたが、その期待は一瞬で裏切られた。
「おー、ゲオルクじゃないか。こんな時間からアンタが外に出るなんて珍しいな。何億年ぶりだ?まさかアンタ、なんか悪いことして長老に呼ばれたか?」
「そんな大袈裟な。ボクがこうしてるのも数日ぶりくらいだろ。それとボクは何も悪いことはしてないはずだ。呼ばれたのは確かだが。」
「そうか、そう緊張するな。長老はアンタに戦いに行かせるのは無理だとわかってると思うから。」
「じゃあ行ってくる」
あれは幼馴染のジェシーである。彼女は女ながらボクよりも絶対に男っぽいと思う。そんな彼女に見送られつつボクは長老のいる洞に入っていった。

「今日は君に伝えなければいけない事があるんじゃ」
「はい、何でしょうか」
「ワシは日替わりで街のみんなを占っているわけじゃが、今日は君の番じゃった。」
「まさか悪い結果が…」
「言いにくいんじゃが、その通りじゃ。君は1日後に…死んでしまうと出たのじゃ。」
ボクは返す言葉を見つける事ができなかった。
「じゃから、残された1日、大切に生きろ。それがワシからの言葉じゃ。ほら、グズグズしてると君の大切な時間が無くなっていくぞ。ほら出ていった出ていった。」そう言うと長老はボクを洞の外へと放り出し、自身は洞へと戻って行った。

あくまで占いだ、と言いたいところだが長老の占いはハズレないと聞いていたので、ボクは「今まで何をしてきただろうか、何をし損ねただろうか」をボクは残された僅かな時間を有効に生きるため、頭の中で整理してみた。

「してきた事」、引きこもり、睡眠

「し損ねた事」又「し足りない事」、仲間との関わり、恋愛、働くこと、冒険

恥ずかしながら、ボクの頭で思いつくのはこれくらいだ。しかし、1日じゃ後者を成し遂げられないことはボクの頭でもわかった。ボクはなんて日々を無駄に生きていたのだろう。死ぬ1日前になってこんなに焦る様は「溺れる者は藁をも摑む」というような感じだろうか。全く恥ずかしい。

全部はやり切れないのでボクはやることを絞り込むことにした。仲間との関わり、恋愛は、死まであと1日って時に始めた所でそんなすぐにどうにかなるものでもないし、ただ相手を傷つけるだけだからやめよう。働くことは、出来るけど初日じゃ研修で終わってしまうだろうからやめよう。となると残りは冒険。外界は危険が多いけれど、どうせあと1日の命だ。折角だし行ってみよう。

ボクは自分の住む穴にあった少しの海藻を食べてから街を出た。久しぶりに見た街の外は澄んで見えた。そして小魚達が元気に泳いでいるのも遠目に見える。

そうこうしているうちに水面から入ってくる光もだんだんと赤みを増してきた。そこでボクはふと冒険に出掛けることを誰にも言ってなかったことを思い出した。ボクは死ぬまであと1日となっても他蟹(たにん)と関わる事から逃げたのだ。ボクはダメなカニだ。でも今更戻ったところで何になる。そもそも帰る前に死ぬかもしれぬ。それならば、そのまま前に進もう。ボクは前進を続けた。

1日経ったが、ボクはまだ生きていた。長老の占いの腕も廃ったもんだ…と思いながら、ボクは生きてるなら家に戻りたいと帰路についた。行きとは違い、水は濁り、1m先も見えなかった。

やっとの思いで街に帰るとジェシーが駆け寄ってきた。
「何も言わないでひとりで何処かへ行ってしまったものだから心配したよ。それから悲しいお知らせだ。長老は昨日亡くなったんだ…なんかアンタに遺言があるらしいから長老の家に行ってくれ」
「実は一昨日の長老の占いが外れたんだ…それのことかな」
「え、あの長老の…?」
「そうだ。なんかボクを占ったら『あと1日で死ぬ』って言う占い結果だったらしいんだけど、死んだのはボクじゃなくて長老の方だったんだね…」
「そんな事があったの…なんで誰にも言わなかったの。」
「ボクは逃げたんだ。他蟹と接することから。それは死ぬ1日前になっても変わらなかった。それだけさ。」
「そう。でも、アンタ成長したんじゃない?」
「そうか?ダメなところは全く変わってないと思うけど…」
「自分のダメなところを見つめられるようになっただけ成長だよ。あ、こんなに話しちゃったね。そろそろ長老の家行ってきなさい。」
「わかった。行ってくるね」

長老の家につくと見覚えのあるようなないようなカニが1匹、ボクのことを待っていた。
「ゲオルク、ようやく来たか。」
「お待たせしました。ジェシーから長老が亡くなったことは聞いております。」
「なら話は早い。長老からお前に遺言だ。『騙すような真似をして済まない。実はアレはワシの寿命のことだったのじゃ。君に最後に、1日の重さをどうしてもわかって欲しかったからああいう伝え方をしてしまった。きっとあと1日で死ぬと言われて君は自分のことを見返すことが出来たじゃろう。これからは、この経験を糧に君なりに頑張ってくれ。これがワシからの最後の言葉じゃ。』ということだ。まぁ、一番わかってるのはお前だろうから俺からはこれ以上言う事はない。じゃ、帰っていいぞ。」

ボクは、長老の遺言を胸に自分の穴へと帰った。疲れが取れたら、ボクはジェシーの所にでも行こうと思う。何をするか察しのいい人ならわかるかもしれないが、今はまだ秘密にしておこう。それでは、おやすみ。

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