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『冬霞の巴里』を観て思うこと

 「父さん…!見ていましたか…!」底なしに真っ暗な瞳を光らせながら笑うオクターヴを見たとき、ああ生きててよかったと心から思いました。

 『冬霞の巴里』観劇帰りに自分の脳内を整理したくて思いのままに書き殴った感想文を供養したく、生まれてはじめてnoteなるものを書いています。決して考察などではなく、ひとりの目撃者のただの感想文なのであしからず。
 みなさまの感想や考察を読みたい気持ちをこの目で舞台を観るまでは…!と我慢していたのですが、思ったよりも長くなった感想メモをまとめたいなどと思ってしまったが故に、まだ読めていないのでこれを書き上げたら心ゆくまでじっくり読みたいと思います。


はじめに

 今回の『冬霞の巴里』ですが、とても楽しみにしていました。私は同じく指田珠子先生の『龍の宮物語』を劇場で観ることができなかった人間なのですが、スカステの録画を見たときの衝撃が忘れられません。毎日再生していた時期があるくらい(笑)好きな作品で、そんな指田先生の作品、しかも主演は永久輝さんということで非常に楽しみにしていました。
 そして今作の舞台はパリ。私にとってパリは学生時代に一年ほど滞在して勉強した場所で、思い出に溢れた特別な地なのです。"19世紀末パリ""ベル・エポック""復讐劇"もう楽しみですよね。


私たちは目撃者

 前置きが長くなりましたがやっと本題です。指田先生の脚本も演者のお芝居も本当に素晴らしかったです。なにがどう素晴らしかったか上手く説明する自信がないので言い直すと、本当に好きでした。そう、"好きだった"のひと言に尽きます。客席にいる自分が作品の世界に取り込まれていく感覚がたまりませんでした。もちろん、箱の大きさという理由もあるでしょうが。
 舞台芸術は観客の視線を完全に支配することはできないジャンルですが、指田先生の作品は、"視線も受け取り方も観客に任せる"と"観客の視線を支配する"という二面性を持っているな…と思いました。なんだか矛盾していますが、余白がとても多く百人いれば百通りの受け取り方がある作品だけれど、私たちは先生が見てほしい場所にしっかりと視線を向けている…向けさせられている…そんな感じがするんです。(大学のゼミが懐かしい!)だから、観客は余白部分に考えを巡らせてしまうのではないでしょうか。


真実とは

 そして登場人物がもれなく全員魅力的で、印象的な言葉、セリフがたくさん。
 この目で観た舞台の記憶をそっと抱きしめていたい気持ちと、はやく映像を見て解像度を高めたい気持ちがせめぎ合っています。
 永久輝せあさん演じるオクターヴ…最高でした。復讐と姉に依存し、父親の復讐を果たすことだけにすべてを捧げるオクターヴ。お化粧、お衣装、鬘…全部が素敵。永久輝さん、信じられないくらいかっこよかったです。星空美咲ちゃん演じるアンブル、紫門ゆりやさん演じるクロエ、飛龍つかさくん演じるギョーム…全出演者について熱く語りたくなってしまうほどみんな劇的な人生を歩んでいて、想像力を掻き立てられました。
 回想なのか幻想なのか、時折入れ込まれる過去の描写がすべて絶妙で指田先生のさじ加減には惚れ惚れしました。結局なにが真実なのか私たちにはわからない…ですよね。客席にいる間はやっぱりオクターヴを通して物語をみてしまっているようで、彼の言葉をすべてそのまま受け取っていましたが、今考えながら振り返るとクロエとギョームの告白(と悪夢)に嘘はないような気がしてくるもので…。そうすると大人になったオクターヴから語られる父親の記憶というのは本当に真実なのだろうか…と。父オーギュストの復讐にすべてを捧げる彼が父の記憶に埋もれて生きているのは理解に容易いですが、はたしてその記憶は真実なのか考えてしまいました。時に人は自分のいいように記憶を塗り替えたりするものだと思うのです。オクターヴは残された者が死者の思いを汲み取らなければならないと言いますが、それは残された者が自分自身を救うための自分よがりな行いでしかないのか…と突きつけられました。
 しかし、オーギュストにとってはオクターヴだけが血縁で、そして使用人か誰かの子。イネスの自殺を「これでまた貴族の称号から遠のいた」と口にするような人間は(実際問題これもクロエとギョーム側が語る物語であって真実がどうかなんてわからない)血の繋がりのある"本当の"息子に対してどのように接していたのでしょうか。知ることはできないとわかっていても考えずにはいられません。少年オクターヴが「お母様は僕のことを嫌そうに見るんだ」と悲しみ、「でもお父様は優しい」と言っているけれど…はたしてそれは真実なのか考えてしまいますね。
 最終的に他者が語るオーギュストが自分の知っている父親と異なることに絶望するオクターヴですが、結局どちら側の主張もそれを裏付ける何かは存在しないしオーギュストがどんな人間だったかを知ることは(私たちを含め)誰もできないのです。


彼らの世界の歪み

 主人公オクターヴ、そしてヴァレリー家の歪みが登場人物たちによって浮き彫りになる感覚に痺れました。
 希波らいとくん演じる弟ミッシェル。彼もヴァレリー家の一員ですが、兄オクターヴと弟ミッシェルの対比…すごかったです。自分がどのように兄を苦しめているのか彼は本当の意味で理解することはできないけれど、それでも「僕は兄さんの苦しみを理解することはできない」「それでも側にいることを許してほしい」なんて言うんですよ。ミッシェルの存在が眩しくて仕方なくてつらいくらいにはオクターヴ視点で観てしまいました。何があろうと(本当に何があろうと)オクターヴに、すべての人間に、優しさを向けるミッシェルの存在がオクターヴを、そして私たちをも苦しめるけれど、そんな彼の"綺麗事"を私たちだって信じたい…と最後に思いました。
 それから、春妃うららちゃん演じるフェロー男爵夫人。彼女の存在、絶妙でした。「最も大きなところが似ていないわ」「連れて歩く女性が毎回違うところよ」ここ…あのタイミングでこのセリフ…天才でした。何不自由なく気楽に楽しく生きる夫人が、父を信じ、復讐を果たすためだけに生きるオクターヴにそんな言葉を悪気なく放つんですもの。でも彼女、社交界を生き抜くための計算高さや判断力を持ち合わせた聡明な女性ですよね。決してお気楽に生きているだけではなさそうです。実はうららちゃんがとっても好きなのですが、彼女のお芝居大好きだなと改めて惚れました。
 ヴァレリー家の人物に関しては熱く語りたい気持ちしかないのですが信じられないくらい長くなりそうなので、もう一つだけ。ギョームの「君は移り気だから」このセリフ。ギョームはクロエのことを愛しているのだな…と重く心にのしかかりました。飛龍つかさくん演じるギョーム、最高でした。いつもつかさくんにオペラを奪われている私ですが、今作もお芝居、歌ともに素敵すぎました。クロエは…クロエもギョームのことを愛していると思うんですよね。"オーギュストを亡き者にした共犯者"だから、という思いだけではないといいな…と思います。


下宿の住民たち

 聖乃あすかくん演じるヴァランタン、最高でした。ほのかちゃん…すごかったです。びっくりするくらいすごかったです。歌もセリフもたくさんで、なにより役をモノにされていてすごかった…!眉スリットさえモノにしていました…。私の個人的な好みかもしれませんが、今回のヴァランタンが好きすぎて、今後もダークなお役がもっとみたいと思いました。(ほのかちゃん王子様だけど!)同胞の仇を打つためヴァレリー家に乗り込み、最期はオクターヴに撃ち殺される。結局、彼はあちら側の人間に殺されるのです。復讐の連鎖は止まらない…止まらないどころか新たな復讐のはじまりが描かれているようで苦しかったです。シルヴァンが逮捕された後、ヴァランタンは橋の上でオクターヴと話します。そのときに彼は今度の敵討ちを決意しますが、あまりにも皮肉すぎではないでしょうか…。"本心に従うと失敗する"とあれだけ言っていたヴァランタンが"本心に従った"のです。それも仇の息子に触発されて…。どちらにせよ破滅の道を歩んでいたのかもわかりませんが、負の連鎖はそう簡単に終わらないのだ、と胸が苦しくなりました。シャルルが幸せになったらいいな…と願います。シャルルを演じる美空真瑠くん、声が素敵だし踊りも素敵だし…最高です。


姉と弟

 復讐を果たすために生きるオクターヴとアンブルは互いに依存して生きていますが、その依存の性質は異なっていることが物語が進むにつれ徐々に明かされていく感覚に胸が締め付けられました。
 そもそも、アンブルは弟と血の繋がりがないことを知っていた…のですよね?彼女は血の繋がらない父親を愛しているから復讐をするのか…それとも、血の繋がらない弟を自分の元に置いておきたいがために彼の復讐心を利用しているのか…そして、実の母親を殺すことはできるのか…。どのような経緯で母クロエのことが好きではないのか、舞台でははっきりと描かれてはいませんが、もしかしたら資産家と再婚した母親が許せなかったのかもしれません。幼いときから母親に不信感を持っていたのなら、後から産まれた純粋無垢な弟だけが彼女のすべてだったのかもしれません。そんな弟を、家族を、アンブルは手放すことができなかったのではないでしょうか。そして、弟としてオクターヴを永遠に彼女のものにするという選択をするのです。
 オクターヴは、本当はどんな未来を望んだのでしょうか。ひとりの女性として彼女を愛し抜く覚悟はあったのでしょうか。この、姉と弟を超えた存在としての依存に、"こういうの観たかった"を強く見出している人間ではありますが、ふたりに結ばれてほしいと思うわけではないのが面白いなと思いました。ふたりは"永遠に姉と弟"という結末が、私のこの作品への思いを加速させているように感じます。
 ふたりが並んで歩む後ろ姿のラストシーン、美しかったです。


最後に

 オクターヴの目尻から流れる涙が美しくて悲しくて忘れることができません。
 『冬霞の巴里』
 出会えてよかった…と心から思う大切な作品になりました。指田先生、カンパニーのみなさま、素敵な作品を本当にありがとうございました。今後のご活躍も楽しみにしております。

ひとこちゃん東上おめでとう!

カメラロールを漁ってみつけた冬霞っぽいパリ


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