江古田リヴァー・サイド58
Exodus
「なーんか意味わかんないんですけどー!」
ぶー、と仁美がぶーたれる。
尹さんは、もう何も語る気はないようで、シケモクを銜えたまま何時ものヘラヘラとした笑みを浮かべてカーステのヴォリュームを上げる。レゲェの神が唄う闘いの唄をBGMに、車は5号池袋線を走る。東池袋の出口を降り、サンシャインを掠めて右折し、高架下を走らせる。バベルの塔の如き焼却場の煙突を右手に大きなカーヴを描く陸橋を降り、アルコのデビュー会見を行ったヌコ動本社にほど近い北口の出口付近の駐車場で車は停まった。
「少し歩くよー」
尻ポケットに両手を突っ込んだ尹さんに続き、ぞろぞろと猥雑な街を歩く。
顔中にピアスをつけた190cm超の大男が前屈みで歩く姿は大層圧倒的で、モーゼの如く人の波が綺麗に横に退いていくので、すこぶる歩きやすい。
飛び交うコトバは中国語と日本語が7:3の割合。ここが紛れも無くチャイナタウンであることを思い知らされる。
西一番街を歩き、石鹸の国とかファッション健康とか想像倶楽部などのなまめかしい看板を横目に小路を進む。外壁にイイ感じのヒビの入った、イイ感じの煤け具合の雑居ビルの狭くて急な階段を上る。客を招き入れようという雰囲気が皆無な壊れかけのドアを開くと、東南アジアやインドとは違う種類のスパイスの匂いに包まれる。
「ハイー!イラッシャイネー!!」
愛想の良い声と裏腹の見事なガタイと仏頂面で店の奥から現れたオバチャンは、尹さんの顔を見ると更に苦い顔になった。
「尹……また来たね…...」
「あっはっはー、董さんひっさしぶりー。元気そうだねー」
「何人?イー・アー・サン……8人!! こんな大勢なら予約入れとくれよ!!」
「なーに言ってんのー。こーんなにガラガラじゃない……今日も」
「ふん!これから来るんだヨ!」
「あれ?予約、入ってるんだ?」
「ない! ホレ!コッチの席だよ!」
「はーい♪ ありがと、董さん」
奥まった半個室の席に座ると、やっと人心地ついた気がした。安心と同時に疲れが全身にじんわりと広がり、オレは脱力してしまう。
「董さーん、とりあえず水餃と孜然羊肉!あと白酒人数分ね!」