見出し画像

にがうりの人 #5 (繰り返すリセット)

 商談相手には様々な人間が多い。経営者から、政治家、果ては芸能人まで。どのように私の過去を利用するかはそれぞれだが共通しているのは金があるという事。それも素人の話に金を払うくらいだから、そんじょそこいらの成金ではない。
 だからこの商売にもある程度理解を示し、クレームもつけない。もちろん私の営業努力も効を奏していると自負している。紹介制によってまず依頼者の情報を入手し、希望に添った話を提供する。そこで、該当する話が無い場合は依頼を断るようにしている。経験に無い事をわざわざ創作する技量は持ち合わせていないし、第一、そんなことは小説家や漫画家といったクリエイターの仕事である。
 とはいえ自ら何かを起こすような人生は送らない。私が今、進んで何かを為すとすれば、それは過去を売る事に心血を注ぐだけである。だが、現実は無情にも私の思惑とは裏腹に時間という概念がある限り、それは増えてゆく。
 
 私は私の人生を空にしなければならない。

 その為できる限り劇的な人生を歩まないよう、私は平穏な毎日を送る事に気を配っていた。日課となっている散歩もその一つである。

 夜が明けると、まだ暗いうちから私は出かける。アパートの階段を下りると街はひっそりと静まり返り、ある種異様な空間がぽっかりと広がっている。静寂を通り過ぎキンとした空気を肌で感じながら、近くの公園を目指してゆっくりと歩いてゆく。
死んだような世界に浸り私は未来を想像した。だがそれはいつも漠然として、まるでこれから昇る太陽を拒否するような暗澹たる気分にさせる。

 人気の無い公園は荒涼としていた。無機質な遊具が我が物顔で居座り、時折聞こえる犬や鳥の鳴き声も現実味の無い効果音のようだ。ベンチに腰掛け、遠くの看板に目をやる。緊急避難場所と書かれている。この場所が避難場所として多く住民にとってどれだけの効果を発揮するのか判然としないが、少なくとも私には救いになっている気がした。
 頭を空っぽにするという事など人間にとって不可能だと思っていた。しかしここのところ、私なりに出来てきているようだ。自ら悟りを開けたなどと大仰な事を言うつもりはないが、時の流れが早くなってきている感覚はある。だとしたら計画通りである。
 街を一回り散歩すると忌々しい太陽の光を避けるように部屋へ戻る。そこから朝食を軽く済ませ、何度も読んでいる文庫本を開く。一言一句覚えてしまっているが退屈とは思わない。これら全てが私の人生にとって為すべき事だと確信しているから。

 夕方になり閉め切っているカーテンの隙間から夕日が差し込むと、パソコンを起動させファイルを開く。これから対面する客の情報を再度確認しておく。
やがて黒々とした夜が押し寄せてくると私は高揚しはじめた気持ちを抑えつつ、ジーンズと無地のシャツに着替えニューヨークヤンキースの帽子を目深にかぶり、また今日も欲深い獣を相手に仕事へと出かけるのだ。

続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?