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泳げない海亀 #81(Like taking candy from a baby)

 グレイトフルステージは既にロガーヘッド目当ての観客で溢れ、始まる前から歓声があがりボルテージは高まっていた。軽やかなSEが流れ四人が登場するやいなや観衆の手があがる。
 まるで演説前の独裁者だ、と忍は思い含み笑いをした。

 右腕を一振りしてギターをかき鳴らすと、轟音が広大な会場を揺らす。続いて隼人のドラムがリズムを刻み出すと再び歓声があがり、人の海が揺れ出した。
 昇太がいなくなってからライブのオープニングで必ずやるようになった曲「ボーンアゲイン」だ。
 波動のようなベースラインに力強いボーカルが乗る。まるで大きな波が辺りを飲み込むような圧巻のステージングだった。
 観客はそのうねりに身を任せ、目を輝かせている。
 声を上げ、迸る汗。
 その一体感に誰もが興奮した。
 派手なアクションでギターを掻き鳴らせばどよめき、拳を挙げれば呼応する。

「こいつら、ほんとバカだな」
 忍はステージから大勢の観客を眺めると心の中で嘲笑した。
 インタビューで青臭いセリフを平然と吐く事も、目の前のファンに迎合し薄っぺらいヒット曲を作り、それを演奏する事も嫌悪せず自然と出来る。いやむしろ惰性で行えるほどそれはロガーヘッドの一部となっていた。
 今このステージ上での自分達の行為はただの仕事であり業務だ。金を稼ぐ為にパフォーマンスする自分達に夢や希望を抱き金を落とす観客を蔑み、愚弄だと思った。いや、彼等が何も知らなければ知らないほど、音楽は綺麗なまま売れていく。だから自分達は彼等が望む様なミュージシャンでなければいけない。もう四畳半の薄汚いアパート暮らしで、日々の生活はおろか未来の自分など考える余裕すらない人生には戻りたく無い。アーティストの矜恃などなんの腹の足しにもならないのだ。

          ✴︎


 忍のソロが始まる。
 なんの面白みもないギターソロだが、鬼気迫るパフォーマンスで見る者を圧倒した。
「これがプロってこった」
 観客の向こう側にポツリと小さなステージが見える。このわずか数百メートルの距離に歴然とした差を見せつけ挑発するように睨んだ。誰だかは知らないが、もう次のアーティストの準備が始められようとしていた。

「お前らが束になったってこっちの世界にはこれねえよ」

 心の中で高笑いをした。
 斜め前でボーカルのサクライが観客を煽っている。忍もそれに続き右手の拳を突き出した。すると会場は再び大きな波を起こした。

続く

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