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奇妙な法廷

ここは裁判所の法廷。被告人として、数学者のエヌ博士が訴えられている。
「被告人、最後に主張したいことはありますか?」
こう裁判長がいった。
「あるといえば、ある。ないといえば、ない。」
「ないなら閉廷しますよ。」
「まあ、困るのはそちらですがね。3分ほどしゃべらせてください。」
「いいでしょう。」
「今まで証言してきたことは全部、嘘です。」
法廷がざわついた。
「証言を取り消すということですか?」
裁判長は聞き返した。
「まあ最後まできいてから判断してください。自分は犯罪など犯しておりません。自分が言ったことは全部、嘘です。無実です。そちらはどうしても有罪にしたいのでしょう。しかも、”証言は嘘です”といったりすると反省の意思がなく、罪が重くなるかもしれない。ただし、そこでちゃんと考えてください。自分は嘘をいっている、と主張している人に対して正しい判断ができるのかどうか?つまり、こうしてしゃべっていることも正直に全部、嘘です、といっているのだから、”全部嘘”というのも嘘なのかもしれない。ということは、今まで述べた証言も逆に全部、本当のことをいっていた、と主張していることになる。そこで問題なのは、”全部嘘”だった、という最後の主張は嘘だったことになり、嘘ではなく本当のことを最後に主張したことになる。これは最後の主張が嘘だった、という仮定に矛盾する。」
あー、だから数学者は理屈っぽいから嫌いなんだよ。裁判長は頭を抱えた。※2021年6月17日 初稿


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