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おもてなしとはからい

マッカランの次はボウモアですよね

先日、あるバーで飲んだ。

洞窟のような店内で、唯一マスターの後ろに並んだグラスだけが間接照明に照らされて浮かび上がり、美しい影を生み出している。
つまり、よくあるオーセンティックなバーのようにボトルがたくさん並んではいない状態である。

だいたいバーではカウンターの後ろにずらりと並んだボトルを物色して何を飲むか決めるのだけど、何も目に入るものが無かったので、まずは最も好きなお酒のひとつであるマッカランをロックで頼んだ。

店の雰囲気から綺麗に削り出された丸い氷を期待したのがそうじゃなかったのは残念だったけど、ロックグラスに刻まれた花の模様がとても美しかったので、うむと満足して飲み始めた。

楽しい会話にお酒も進み、何気なくさあ次は何を飲もうかなとカウンターに5本ほど並んだボトル群に目をやると、いつの間にかボウモアが紛れている。

あれ、さっきはスピリッツばかりでボウモアはなかったはずだけど…。

さあ、お次はアードベッグ?ラフロイグ?

特に気にも留めずボウモアのロックを頼み、また飲み進める。
海の底にいるような店内の雰囲気と美味しいお酒に心はすっかり寛ぎ、いつもよりおしゃべりになっている自分を感じながら空になったグラスに気づく。
ああ、楽しい。
こういう日はいくらでも飲めそうな気がする。

そしてまたボトル群に目をやる。
するとさっきまでなかったはずのアードベッグとラフロイグがこっそり紛れているのだ。

さすがに気が付く。
きっと私が友人との会話に夢中になっているうちにマスターが仕込んだのだろう。
ふいに「はからい」という言葉が頭に浮かぶ。

おもてなしとはからい

「粋なはからい」などという表現がある。
「はからい」とは「処置」で、ある程度一方的にやりきることを意味するものと思われる。

よく「UXっておもてなし的なあれですよね」と聞かれ、その都度特に否定はしないのだけど、こういう「おもてなし」より一段と一方的なものも含まれるだろう。
それが受け手の文脈に寄り添ってさえいれば。

人によっては、このやり方は気に食わないのかもしれない。でも恐らくこれに反発を覚えるような人なら、目の前にボトルがなくても自分で指定をするだろうし、これはあれだ、Amazonの「この商品を買った人はこちらも買っています」というリコメンド機能と何ら変わりはない。
まさかAmazonのリコメンド機能に「勝手な真似しやがって」と腹を立てる人はいないだろう。
リコメンド機能がAIによるものか、マスターの経験ロジックからのものかの違いだし、それはごくごく控えめになされている。

恐らく私がひとりだったらマスターは何を飲むか直接尋ねてきただろうことも想像がつくし、様々なラベルをまとったボトルではなく華奢なグラス達を美しく浮かび上がらせた店内でなければこの対応ではなかっただろう。

ここがお気に入りのバーになったことは間違いない。
最後の二択で頼まなかったアードベッグに後ろ髪を引かれている。

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