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小学生から大人に多い発音 ー「チ」がキに近い音になるー

「チ」「ジ」「キ」「ギ」などを含む言葉に限って不明瞭な発音になる,相手にときどき聞き返されるという場合,それは側音化構音(そくおんかこうおん)かもしれません.

側音化構音とは

側音化構音は,小学校の中学年ぐらいから成人に多い発音の習慣で,幼児期の発音の習得過程で学習したくせが続いているものです.決して珍しくはなく,ラジオのアナウンサーが側音化構音で話すのを聞いたことがあります.

一般によくみられる,はさみが「はちゃみ」「はたみ」,らっぱが「だっぱ」となるようなサ行,ラ行,カ行音が未習得の子どもの数は,学年が上がるにつれて徐々に減少します.自然に自分で習得したり,言語聴覚士(ST)と練習することで発音できるようになっていくからです.相対的に,学童以降では側音化構音の割合が目立つようになります.

一般には気づかれにくい発音の誤りといわれることもあり,そのため,周囲も本人も特に気にせず,大人まで持ち越されることが多くなります.
ただ,私の大学の卒業研究として,音声学,構音障害の専門知識のない大学生を対象に聴取実験をおこなったところ,音声サンプルによっては(仮名1文字ずつ聴取),対象者の70%以上が他の音と聴き違える場合もありました.

聴こえかた 

側音化構音は,イ列音 (イ,キ,シ,チ,ジ等)に多く,ケ,ゲ,サ行,ザ行音などにもみられることがあります.個人差があり,イ列音のほぼすべてにみられることもあれば,シ,チなど特定の音だけにみられることもあります.
シと発音したときにヒに近い音に聴こえ,同様に,チ→キ,ジ,リ→ギ,サ→ヒャに ”近い” 音に聴こえますが,上述のようにシとチのみが側音化構音になっている人の場合は,「シ・ヒ」「チ・キ」のように,目標音シ,チと,これらがそれぞれ側音化構音となったときに聴き間違えられやすい音(後者)をペアにして発音すると,前者は,ヒ,キに近い音に聴こえるものの,その人の正しいヒ,キの音とは違うことを実感できます.

目でも見分けられる

目で見分ける方法もあります.
鏡を水平方向に持って,口唇に当てた状態で,「イー」「キー」と発音すると,側音化構音では,息が口の真ん中ではなく,口の端(左右どちらかの口角)から出ます.

側音化構音 鼻息鏡


通常の発音では息は口(舌)の中央を通って出ます.側音化構音では舌の表面が全体に盛り上がって口の天井に広く接し,息が中央を通ることができなくなるため,代わりに息は頬寄りを通って,左右どちらかの口角から出ていきます.息の力が比較的強いと右図のように,弱いと左図のようになる可能性があります.

練習が可能

子どもは発音を学習によって身につけます.部活で毎日練習して運動が上手になったり,ピアノなどの楽器が巧みに演奏できるようになるのと同じ「運動学習」です(Motor Learning).日常話すこと自体も発音の練習になっており,正確な発音も,また側音化構音のような特有の発音動作も,徐々に習慣化,自動化していきます.
言語聴覚士が専門とする発音の練習も,運動学習の支援にほかなりません.具体的には,(1)側音化構音となるのを防ぎながら,(2)通常の発音動作の獲得,習慣化を促します.
側音化構音も練習によって明瞭な音になります.

舌を平らに

側音化構音では,舌の表面が盛り上がった形となり,口の天井に舌が広く接する状態になります.ですので,練習では舌の緊張を減らして,表面を平らにして発音することを目標にします.
左右どちらかの口角を引きながら発音する人もいますが,これは息を通すために二次的に引いているものですので,口角を引くのをやめるだけでは解決しません.むしろ,舌の形状を適切なものにすることで,口角を引く動作は自然に消失したりします.

一旦,側音化構音を身につけると,ふだんの会話のなかで習慣的に使うことによって学習が強化されて,徐々に固定化していく可能性があります.子どもさんの一部の発音がはっきりしないようだと感じる保護者の方は,早めに言語聴覚士のところに連れて行ってあげるとよいと思います.

成人の方で,側音化構音で話した経験が長く,習慣化している場合は,練習に長期間を要する可能性もあります.
一方で,大人は子ども以上に,自覚をきっかけとした動機づけがあり,意識的に練習に取り組めれば,それは学習には有利な可能性があります.
子ども,大人ともに,言語聴覚士との週1回程度の練習に加えて,そこで可能になったことを定着させるための反復練習をご家庭でおこなっていただきます.(了)

参考文献
池田春花,小澤由嗣:側音化構音に対する一般成人の聴覚的印象ー異聴傾向と違和感についてー,言語聴覚研究,第15巻3号,p266
加藤正子:側音化構音の動態についてーエレクトロ歯冠パラトグラフによる観察ー,音声言語医学,32,pp18-31,1991
岡崎恵子,加藤正子ほか:口蓋裂の言語臨床(第3版),医学書院,2011
阿部雅子:構音障害の臨床(改訂第2版),2008
加藤正子,竹下圭子ほか:構音障害のある子どもの理解と支援,学苑社,2012






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