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<映画の紹介>『悪い奴ほどよく眠る』

 黒澤明監督の昭和35年の作品です。黒澤明というと『七人の侍』『羅生門』『生きる』『用心棒』『天国と地獄』などが映画史上に残る名作として有名で、この『悪い奴ほどよく眠る』はそれらに比べると評価は高くありません。でも僕はこの作品が大好きで、他の名作と言われている作品と同様に繰り返し見ています。

映画表現の極致

 僕が黒澤映画を見て強く感じるのは、映像表現へのこだわりです。映像表現というより「映画表現」と言う方が当たっているかもしれません。単なる説明とかあっさりした描写を、いかに濃密で面白い映画表現にするかという事に対する飽くなき探求がいたるところに見られます。この『悪い奴ほどよく眠る』にも映画表現の魅力があふれています。
 ストーリーは、主人公の西(三船敏郎)が、公団総裁の娘婿になり、かつて汚職の罪をかぶって自殺した父の復讐を果たそうとする話です。汚職問題にメスを入れるという社会性の強い題材ですが、かといって全然地味な映画ではなく、ケレン味があってエンタテインメント性に満ちています。

複数の要素をぶつけることで生まれる映画的興奮

 好きなシーンがいくつもあります。西は、父と同様に汚職の罪をかぶって自殺しようとした役人・和田(藤原釜足)を助けます。そして彼自身の葬儀が行われている場所に車で連れて行きます。彼を自殺に追い込んだ上司の守山(志村喬)と白井(西村晃)が焼香に来ると、あらかじめ録音してあった、彼らがクラブで話す声をテープレコーダーで聞かせます。神妙な顔で焼香する彼らの姿に「しかし君、これでホッとしたね」などと和田の死に安堵する彼らの声が重なるのです。その背後にクラブで流れている明るいBGMが聞こえます。

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 黒澤は映像と音楽を対比的に使うことがあります。そのときの映像のムードとあえて違う音楽をぶつけるのです。例えば『酔いどれ天使』で三船敏郎が荒んだ気持ちで町を歩くときに明るいカッコーワルツが商店街のスピーカーから聞こえるシーン、『天国と地獄』で犯人の山崎努が逮捕されるときにラジオから明るい「オー・ソレ・ミオ」が流れるシーンなど。

 この葬儀のシーンも同様な手法ですが、ここでは神妙な顔で焼香する上司たちの姿に、その表情と真逆の彼らのどす黒い本音の会話と脳天気なBGMという複数の要素がぶつけられ、ある種悪魔的とも言えるブラックなシーンを作り上げています。
 西は録音の最初の部分を再生すると、「ここからの会話は二人が現れてから聞いてもらいます」と、あえてテープを止め、二人が来るのを見るやいなや再生を開始します。つまり、たまたまそうなってのではなく西は意図的にこの状況を起こすのです。
 そもそも自殺したと思われている和田を本人の葬儀の場に連れて行くのは危険なことです。「上司はお前の自殺を喜んでるんだぞ」と言いたいだけなら、別の場所でテープを聞かせてもいいはずです。ではなぜ西はわざわざ彼を葬儀に連れて行き、上司たちが来るのを待ってテープを聞かせるのか。これは西がそうしたかったと言うより、黒澤がそうしたかったと言うべきでしょう。この映画的なシーンを作りたかったのです。

ストーリー上重要ではないシーンへのこだわり

 白井が貸金庫に保管した裏金を確認しに行く場面も大好きです。白井はトランクルームに貸金庫の鍵を預けており、そこで鍵を取り出してから貸金庫に行きます。尾行がいないか度々振り返りながら歩く白井の用心深い行動を、3分半、10シーンほどかけて丁寧に描写します。そこに白井の小悪党的な雰囲気を表現したユーモラスな音楽(作曲は佐藤勝)が流れます。このシーンが実に「映画的」なのです。ロケだけでなくこの場面のためにセットも建てたと思われ、かなり手間をかけて撮影しています。

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 内容としては脇役が移動するだけのシーンです。この移動シーンを省略して貸金庫に入るところから描いてもストーリーは成立します。でも黒澤はこのシーンを撮りたいと思い、あえて手間とお金をかけてこのシーンを撮っているのです。

ストーリーだけではない映画の魅力

 映画では「ストーリー上あまり必要ではないシーンがすごく魅力的」ということがよくあります。テレビドラマではそれはあまり見られません。テレビドラマの場合は制作費や時間の制約があるので「そのシーンいらないんじゃないの?」と脚本段階でカットされることが多いのだと思います。
 もちろんテレビドラマにはテレビドラマの魅力があるので、どっちが上とか下とかいう問題ではありませんが、映画を見るならやはり映画的魅力にあふれた作品を見て、その魅力を堪能したいものです。

 上記以外にもこの映画には面白いところがたくさんあります。『七人の侍』や『生きる』などの名作と言われているものをひと通り見た後にこういう作品も見てみると、さらに世界が広がると思います。 

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