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ショートショート『鏡顔』

 彼は人差し指で鼻をほじ上げ、左右の口角を最大まで下げ、白目にした。
 彼女も人差し指で鼻をほじ上げ、左右の口角を最大まで下げ、白目にした。

 それを見た彼は、再度顔を変えた。しかし彼女も顔を変えてきた。彼と同じ顔に。


 彼が変えると、彼女も変える。それを何度も繰り返し、30分が経過した。疲労からか互いの顔が赤く腫れ上がり、頬には指紋の痕が薄っすらと見える。

 彼女は彼を鏡のように真似るだけ、それだけで勝ち取ろうとしていた。

「ブーブー」
「ブーブー」
「ブーブー」

 会場のあちこちからブーイングが響き始めた。暗黙のルールとして禁止されている戦法を使っている彼女へのブーイングだ。


 にらめっこにおける三大戦法、”変顔”、”真顔”、”鏡顔”。最大限の変顔をそのまま跳ね返し、真似る行為自体に笑みを誘う力がある”鏡顔”は、スポーツマンシップに欠けた卑怯な戦法だった。


 にらめっこ世界大会、決勝。
 彼が悔し笑いを浮かべるのも時間の問題だ。





–––––完–––––

今週もこちらの企画に参加させていただきました。


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